おじさんのアトリエは、市街地からは少し離れた場所にあるので、あたりは本当に真っ暗で。外に出た瞬間、目に飛びこんできたのは、黒い夜空に浮かんでいる満天の星たちだった。
「あしたは晴れだね」
「ぼけっと上見て口あけてるとな、星が落っこちてきてノド詰まるんだぞ?」
この男はワケのわからないことを言うのが趣味なの?
子ども扱いという次元を超えて、もはや幼稚園児扱いされてるような気分。あたし、もう17歳だよ。高校生だ。星が落っこちてくることなんてあるもんか。
どんなににらみをきかせてもおじさんはあたしになんか見向きもせず、駐車場に停めてある車に乗りこみ、黙ってエンジンをかける。
そしてすぐに思い出したように運転席を降りて、「一服していいか」と言った。
おじさんは勝手に煙草に火をつけた。まだいいともダメだとも言ってないよ。だったら最初から聞かなくていいよ。
なんとなくひとりで車に乗りこむ気にはなれなくて、おじさんの隣できょろきょろしていると、アトリエの入口が視界に入った。
『佐山和志』と書いてある。暗いし、遠いから見づらいけど、たしかにそう書いてある。
でも、表札とか、そういうちゃんとしたものではなかった。ドアの横に直接サインペンで名前を書いてあるだけだ。
ふと思い立って、隣で白い煙を吐いているおじさんを見上げる。
「ねえおじさん、サインペンかマーカーある?」
「アトリエの作業台の引き出しんなかにあると思う……けど、なんに使うんだよ?」
「オッケー、アトリエの鍵貸して」
「ああ?」
おじさんは怪訝そうな顔を浮かべたまま、それでも煙草を口にくわえて、ポケットをあさった。
「ほらよ」
大きな手から奪うように鍵を受け取って、あたしはアトリエに引き返した。