たくさんのバケツを前に戸惑うあたしを見て、おじさんはまた笑った。ジョウダンだってさ。このおじさん、また真顔で冗談を言いやがった。


「俺もいっしょにするから、見ながら勝手にやってろ。教えるのは得意じゃねえんだ」


おじさんはもう一枚白い手ぬぐいを取りだすと、なにかを考えるようにバケツをじっと眺める。圧倒されるほど真剣な顔だった。正直、バケツよりも、手ぬぐいよりも、なんだかその横顔から目が離せなかった。

不精ひげがテンテンとくっついた顔をぼんやり眺めていると、それはやがてなにかを思い立ったような表情に変わって。するとおじさんは黙ったまま作業台に向かう。あわててちょろちょろついていく。

彼は、引き出しからなにか取りだすと、手ぬぐいの上にちょんちょんとつけた。


「これは防染糊っていうもんだ」


ボウセンノリ? なんだろ。見た感じねちょねちょしている。


「これをこうして載せたとこだけ染まらないで、白く残るようにできるんだ。なにか模様をつけるときに使ったりする」


へえ、なるほど。それで複雑な柄を出したりしているってわけだね。おもしろいんだなあ。


おじさんは今回、どんな模様を描いたんだろう?

なんだかどうにも気になり、身を乗り出して彼の手ぬぐいを覗こうとしたけど、それはあっさり阻止されてしまった。


「おまえもやってみろ。マルとかサンカクとか、てきとうな柄でいいから」


黄色っぽい、ねばついたかたまりが乗った小皿と、小さめのヘラを渡された。扱い方がわからないなりに手ぬぐいの上に小さめのハートを散りばめる。おじさんにじっと見られていた。

おじさんは、ウマイとも、ヘタクソとも言わない。サユとおじさんと3人でオムライスを食べたときと同じに、なんにも言ってくれない。

ちょっと不安になるよ。恥ずかしい気もする。


「あ、そうだ。どんな感じの色で染めたい?」


おじさんが思い出したように言った。あたしの描いたハートにはなんの感想もくれないままだから、これでいいのか悪いのかもわからない。