おじさんは少し息を吐いた。ため息とはちょっと違う呼吸だった。
「今度、いっしょに来るか」
「どこに?」
「俺のアトリエ」
アトリエ?
「仕事してるとこだよ。まあ、ほとんど遊んでるみてえなもんだけど」
信じらんない。
世の中きっと、汗水流してお給料をもらっている人がほとんだっていうのに、おじさんは仕事のこと遊んでるみたいだって言った。なんてことを言う男だ。
でもぜんぜん軽蔑する気になれなかった。できないよ。むしろかっこいいって思っちゃったよ。
世の中のみんながおじさんみたいに楽しく仕事をできたのなら、この世界から戦争はまるっとなくなるのかなぁなんて、スケールのバカデカイことを思った。
「仕事、楽しいの?」
「楽しいよ。おまえも、来たらわかるよ」
行ってみたい。おじさんのアトリエ。おじさんの、遊んでいるみたいだっていう、仕事場。
「行っていいの?」
「いいよ」
おじさんはどうしてこんなにも簡単に、あたしを彼の世界に踏みこませてくれるんだろう。
まだ出会って1週間たらずのガキンチョ。おまけに不登校の問題児だし……。
いまのあたしはたぶん、世間では腫れ物みたいに扱われるべき存在だよね? どっちかというと関わりたくない人間、めんどっちいやつだ。
なのにおじさんは、こんなあたしといっしょに生活してくれてる。
同情されているんだろうか。それともおかーさんのお願いだから、仕方なく?
おじさんはあたしのなにを知っているんだろう。
なにを、どこまで知って、こうして傍に置いてくれているんだろう。