マンションを出て10分ほど歩くと、この街を横切っている大きな川に出くわす。

この川のもう少し上流に、おかーさんとあたしの家はある。おじさんちとうちはたった3駅ぶんの距離だった。だからその気になればいつでも帰れるし、ここはまったく知らない土地というわけでもない。


堤防をのぼり、青々とした芝生に覆われた河川敷に降りる。道路の上とはぜんぜん違う空気に圧倒された。ずっとこの街に住んでいるけど、この河川敷に来たのって、たぶんはじめてだと思う。

こんな景色、音、においなんだ……。知らなかった。


よもぎがぶりぶりとしっぽを振りながらおじさんを見上げている。

走りたくてうずうずしているみたいだ。きょうは気持ちよすぎる快晴だから仕方ないね。


「よもぎといっしょに走ってあげなよ」


あたしが言うと、


「かんべんしてくれよ」


おじさんは心底嫌そうな顔をする。

こういうときだけおじさんアピールをしてくるんだから、なんだかなあ。よもぎなんて10歳で、もうすっかりシニアなのに、こんなに走りたがっているんだよ。がんばれよ32歳。

ニヤニヤしながらおじさんを見上げると、彼は面倒くさそうな表情を隠そうともしないで、ため息をついた。


じゃあ、いいよ。あたしがよもぎといっしょに走るよ。


「よもぎ、行くよ!」


よもぎが答えてくれるみたいにワンと吠えた。それを合図におじさんの手からリードを奪うと、同時にあたしの両足は走り出した。


なんて風が気持ちいいんだろう!

頬を撫でていく5月の春風にうっとりしていると、いつの間にか、よもぎがあたしの遥か前を走っている。リードがいっぱいいっぱいまで伸びてしまっている。


「ちょっとよもぎ、速いよ、待ってよ!」


足がもつれる。そのまま青い芝生の上にころがると、元気に走っていたよもぎが心配そうにあたしのほうに戻ってきた。

ああ、やだな、ころんじゃうなんてださいな。でも気持ちよかった。最高に楽しかった。たった20メートルほどだけど、楽しかった。

久しぶりに走ったし、久しぶりにころんだよ。