涙が出そうなのをぐっと我慢した。ここで泣いても、涙の理由なんか上手に説明できそうになかったから、絶対に泣くわけにはいかなかった。
「風呂入れよ」
そろそろ沸くから。と、おじさんは言った。なんでもない声だった。
でも、部屋を出ていくとき、その手が一度だけあたしの頭をぽすんと撫でた。撫でたと表現するにはあまりにも短い動作だったけれど。
おじさんの手は、大きかった。ごつごつしていた。ちょっとあったかかった。
それと、おじさんは思ったよりも身長が高いってことに、いまさら気付く。
「ねえ。お風呂、ちゃんとあたし専用のシャンプーとかある?」
広い背中に向かってしゃべった。できるだけ元気に、声を張って。
「そんなの俺と同じの使えばいいだろ」
「32歳のオジサンとぴちぴちの女子高生が、同じシャンプー使うと思う? ツメが甘いなあ」
おじさんが面倒くさそうに息を吐く。
「……わかったよ。今度買いに行こう」
おじさんはたぶん、気付いてると思う。あたしが泣きそうになっていたこと。気付いて、なにも言わないで、頭を撫でてくれたんだと思う。
そういう気遣いができるのは、おじさんがあたしよりもうんと大人だからかな。それともただ面倒でなにも言わなかっただけかも。うん、後者のほうが圧倒的にありえそう。
「あ、あと、枕は低反発のやつじゃないと寝られないから、それも」
いよいよおじさんはなにも答えない。早く風呂に入れと言わんばかりに手のひらをひらひら振るだけだ。
その背中をしばらく見ていた。じっと見ていた。そのうち穴があくかなって思ったけど、あかなかった。バカみたいだ。