よもぎが不思議そうな顔であたしを見上げている。
ごめんね、なんでもないよと言うと、よもぎはわんと一度吠えた。いまの、なんて返事してくれたんだろう。
かわいいやつだ。ちゃんとおじさんにかわいがられているかな。でも、そうじゃなかったらきっと、毛並みはこんなに気持ちよくないし、しっぽもそうして振ってくれていないね。
おじさんはすでに玄関から消えていた。人がしゃべっているというのに、無視かよ?
「待ってよ、おじさん」
つきあたりの、真ん中がすりガラスになっている木製のドアを引っ張ると、よもぎもうしろからついてくる。
「おじさんってばぁ」
「オジサンオジサンうるせえな。その呼び方やめろよ」
彼がいたのはドアの向こう側じゃなかった。どうやらおじさんはお風呂を沸かしていたらしい。洗面所とお風呂場はドアの手前にあった。
うしろから聞こえた声に驚いて、思わず肩を跳ねさせたけど、彼はなんでもないようにあたしをすり抜けていった。
「荷物持ってちょっと来い」
おじさんのしゃべる言葉って、けっこう脈絡もないし、唐突だ。
でももうなんか面倒なので、言われたとおりにキャリーを持っておじさんのあとをついていった。おじさんがボストンバッグを持ってくれている。
「おまえの部屋、ここな」
リビングのすぐ隣。すりガラスのドアで仕切られた向こう側の、8畳ほどの部屋は、もうすでに“完成”されていた。