おかーさんが仕事ばかりでも、ほんとに悲観はしてないんだ。

おかーさんに、あたしはすごく愛されていると思うから。


授業参観や運動会、文化祭、そういう学校の行事にはできるだけ来てくれるし、お正月やクリスマスもできるだけいっしょに過ごそうとしてくれるし。

なんでもない日だって、時間の許す限りあたしといっしょにいてくれる。あたしのしょうもない話を楽しそうに聞いてくれる。どんなに疲れていても、休日はどこへでもいっしょに出かけてくれる。

祈、大好きだぞって。もう17にもなる娘に対して、恥じらいも後ろめたさもなく、まっすぐにそう伝えてくれる。


それは全部、お父さんのいないあたしにさみしい思いをさせないように。

仕事もきっと同じ。あたしに不自由させないために、おかーさんはがんばってくれているんだ。わかってる。


おかーさんはスゴイよ。
立派な社会人であり、美しい女性であり、優しい母でもあるんだから。

だからなんにも悲観はしてない。素敵な母親を持てて幸せだって思っているのは本当だ。


でもやっぱり、さみしくないわけじゃないんだよ、おかーさん。


だって、あたしはどうがんばってもおかーさんにとって2番目の存在なんだもんね。

知っているんだよ。
おかーさんが命がけで仕事をしていること。おかーさんがなによりも仕事を愛していること。仕事に換えられるものなんてなにひとつないってこと。


でも、出かけるときもひとりで、帰ってきてもひとりでさ。ひとりぼっちの家の静けさも、返事のない「いってきます」や「ただいま」のむなしさも。

あたし、ほんとは大嫌いなんだ、おかーさん。