エレベーターに乗って上がったフロアの、『1018』と書かれた黒くて重々しいドアの前で、おじさんは足を止めた。いかにも高級マンションって感じのドアで、ちょっとびびった。
おじさんはひとり暮らしだって言ったけど、それは嘘だった。
「――わんっ!」
いったい家賃いくらなんだろう、おじさんの稼ぎってどんなもんなんだろう、とか思いながらぼうっとしていたから、ものすごく驚いたよ。
「……わんちゃんだ!」
金色の毛がふわふわ揺れるゴールデンレトリーバー。その子が、まるでおかえりって言っているみたいに、ドアを開けるなりおじさんの足にじゃれつく。
「こいつはよもぎ。10歳。女どうし、仲良くしてやって」
「よもぎちゃん!」
かわいい。ふわふわだ。かわいい。ちぎれるんじゃないかってくらいしっぽをぶりぶり振っている。かわいい。
その天使の頭を撫でながら、おじさんは続けて口を開いた。
「こいつは祈。おまえの後輩だよ」
コウハイってなんだよ。よもぎちゃん、10歳なら、ヒト年齢に換算すると……いや、完全にあたしが年下じゃん。コウハイじゃん。失礼しました。
「祈です。よろしくね、よもぎ」
しゃがみこんで彼女の頭をわしゃわしゃと撫でる。よもぎは舌を出して短く息を吐きながら笑っているように見えた。気持ちよさそうに目を細めている。
あたしの手のひらを受け入れてくれているってことだよね。歓迎してくれているのかな。
「かわいいなあ。あたしずっと、わんちゃん飼いたかったんだ」
ひとり言みたいにこぼれた。よもぎに言ったのか、おじさんに言ったのか、わかんない。
「でも、うち、ほとんど家に誰もいないから、ダメだって」
さみしい思いをさせてしまうからって、あたしがわんちゃんを欲しがるたびにおかーさんに言われた。
ずるいよね。だって、そんなこと言われたら納得するしかないじゃんね。
家にひとりぼっちでいるさみしさをいちばん知っているのは、あたしなんだから。