おじさんがボストンバッグを担ぎ、あたしがキャリーバッグをごろごろ引く。
地下にあるらしい駐車場から、エレベーターで1階ぶん上がると、上品な感じの明かりが身体を包んだ。1枚目のドアをいっしょにくぐる。
おじさんが慣れた手つきで数字のボタンを押す。ワンテンポ遅れて、2枚目のドアがカチャンと鳴った。鍵の外れた音。どうやらオートロックマンションらしい。おじさんのくせにいいとこ住んでるね。
「覚えた?」
「え?」
「押す順番」
「はぁ? いまのでどうやって覚えるの」
「とろいな」
うるさいな。見て覚えろってんなら、最初にそう言ってよ。
「まず『呼び出しボタン』押して、それから『8』『2』『5』『1』な」
すかさずスマホを出して、メモ帳に『呼8251』と打ちこんだ。
おじさんはそれを覗きこみながら、
「スマホってそういう使い方もあるんだな」
と感心したようにつぶやいた。乙女のスマホを覗き見するなんてどうかしてる。
「最近は若いやつらに学ぶことが多くて、参る」
おじさんくさい発言だな。自分で『まだ32だ』とかぶつぶつ言ってたくせに。
「おじさんはひとり暮らし?」
「じゃなきゃおまえのこと預かってねえよ」
「だからダメなんだよ。どんどん老けていくんだ。これからあたしと暮らして、ちょっとは若々しくなるといいね?」
おじさんがなんとも嫌そうな顔であたしを見下ろした。うるせえ、ほっとけ、そんなとこかな。