リビングに続く廊下を歩いている20秒のあいだ、会話はなかった。

いろいろと訊ねたいことはあるはずなんだけど、うまく言葉にならないっていうか、切り出し方がわからなくて。それに、こんな短い時間で有意義な会話ができる気もしなかったし。

おじさんもなにも話そうとしなかった。あたしと同じに話すことが見つからなかったのかもしれない。


サユはダイニングテーブルの前にちょこんと座って、まるでエサをおあずけされている犬のように、しょぼんとオムライスを見つめていた。きっとあたしを待っていてくれたんだ。食べてていいって言ったのに、かわいいやつだ。

その目がぎょっとしたのは、あたしの隣にいる影を確認したとき。

でもそれはサユだけじゃなかった。食卓にある存在を確認するなり、おじさんも同じようにびくっとして、あたしの親友をじっと見た。ふたりはちょっとのあいだ見つめあっていたと思う。


「あ……幼なじみの高瀬紗弓(サユミ)。月曜は毎週、こうしてうちにごはん食べに来てるの」


おじさんに言って、今度はサユのほうを見る。


「このひとはおかーさんの知り合いで……えっと、サヤマ……サヤマ、さん」


しまった。そういや名前、知らないんだった。


「佐山和志(カズユキ)」


やっぱり低い声。

カズユキ。サヤマヤズユキ。うん、名前の響きはたしかに32歳っぽい。

そんなバカみたいなことを考えていると、おじさんはお尻のポケットをなにやらごそごそして、小さめの四角いケースから、同じくらいの大きさの紙を2枚取り出した。

名刺だった。

どうやらサユとあたしにくれるらしい。人生初の名刺だ。なんか社会人っぽくてどきどきする。


――佐山和志。

カズシって書いて、カズユキって読むんだ。ヘンなの。『志』って字のこんな読み方、知らなかった。