「おかーさん! なんか来たんだけど!」


おかーさんは受話器の向こう側で盛大に笑った。

笑いごとじゃないよ。こっちはワケ分かんなくて、ちっぽけなサイズの脳ミソじゃ処理しきれてないんだよ。いろいろと。なにひとつ。ほんとにさ。


「『なんか来た』って、それ聞いたら佐山くん怒るだろうなぁ」


いまは仕事中だろうし、つながらないかなって思っていたけど、おかーさんは意外にも4コール目で電話に出た。

サヤマやサユにおかーさんとの電話を聞かれるのもなんだかまずいような感じがするので、とりあえず自室に戻ってきている。


「いやあ、ごめんね、すっかり言うの忘れてたね」

「ゴメンネじゃなくって」


サヤマという男は嘘つきなんかじゃなかった。彼は本当におかーさんの知り合いらしい。

そして、きょうあたしを迎えに来たっていうのも、どうやら。


「でもね、たぶんいまより不自由しないと思うよ? 佐山くんってけっこういいとこ住んでるし」


そんなもん知るか。

大人は勝手だ。親って勝手だ。

だってあたし、そんな話ぜんぜん知らなかった。あたしの知らないところで、あたしの話、勝手に決められていた。

ああ、むかむかしてきた。


「それに、佐山くんのところにいたら、いろいろと祈のためになるかなって思って」

「ねえ、おかーさん……」

「たくさん勉強できるはず。国語や数学の話じゃないよ」


いろいろとか、たくさんとか。そんな曖昧な言葉で言われてもさっぱりわからない。なにがどんなふうにあたしのためになるのか、教えてよ。

そんなの聞かされたところで絶対に納得なんかしないけど。してやんないけど。


「……おかーさんって、あたしのことなんにもわかってなかったんだね」


返事は待たないで通話終了ボタンを押した。これ以上おかーさんの声を聞いていたらダメになる気がした。あたしの心が。あたしたちの関係が。