きょうも布団が重たい。


「祈(いのり)、起きてる? きょうのごはん代、テーブルの上に置いとくからね」


ドアの向こうからキッパリした声が聞こえた。朝から元気だなぁと思いながら、あたしは半分だけまぶたを持ち上げる。


「はぁい」


ぼやけた世界のなか、かすれた声が出た。


おかーさんのことはすごく好きだ。こんなにきれいで強い女性はきっとほかにいない。おかーさんは世界でいちばんの自慢だ。

だから、そのお腹から産まれ落ちたこと、あたしはとても誇りに思っている。


おかーさんは『美人デザイナー』とかなんとか呼ばれてる、業界ではそれなりの有名人。らしい。仕事のことはよく知らない。聞きたくもない。


「ちゃんと学校行くんだよ? ごはんも買うか、食べに行くかしてね。お昼も」

「はぁい」


おかーさんにとっていちばん大切なものは仕事らしい。

小さいころはよくわからなかったけど、あたしだってもう17歳になるんだし、さすがにわかってきたよ。あたしがイチバンじゃないってことくらい。それをいまさら悲観するつもりもない。


「じゃあ私、仕事行くね。いってきます、祈」


全部ドアの向こう側でしゃべったおかーさんに、どうしてもいってらっしゃいは言えなかった。


時計の針はすでに8時の10分前を指している。そろそろ準備して家を出ないと、朝のHRどころか、1時間目にも間に合わないなあ。

起きぬけの頭でぼんやりそう思いながら、それとは裏腹に、ぼふんとベッドにころがった。鉛みたいに重たい布団を頭までかぶる。


きょう、学校、休んでしまおうか。どうせおかーさんはいないし、眠たいし、身体だるいし。

うん。そうしよう。あたしはきょう、40度の熱が出ているってことにして。