「……もしかしてオカアサンからなんも聞いてねえの?」
男は確かめるように言った。
怪訝そうに眉をひそめるその顔を見上げると、あたしの沈黙を肯定と受け取ったのか、彼は少し青ざめた。
「うわ……ほんとゆりさんってこういうとこテキトーだよ」
ゆりさん、って言った。おかーさんのこと。
おかーさんは親しい人以外には絶対に名前で呼ばせないから、ものすごく驚いた。それと同時に、警戒心でパンパンに張っていた気持ちがほんの少しゆるんだ気がした。
「おじさん、おかーさんの知り合い?」
部下? とか、そういう感じかな?
このひとはどこからどう見てもおじさんだけど、なんとなくおかーさんよりは若い感じの見た目だし。おかーさんより若々しい雰囲気はないけど。容姿と雰囲気ってのはちょっと性質が違う。
男はまばたきをするのといっしょにうなずいた。
「そう、知り合いで……きょうはおまえのオカアサンに頼まれて、来た」
すごく低い声。同年代の男子に、こんな渋くてゆったりした声を出せるやつって、いるかな。
「おまえを迎えに」
「え?」
なんだって?
「きょうから俺んちで預かることになってんだよ、おまえのこと」
このひとは、いったいなにを言っているんだろう? あたしはなにを言われているんだろう?