突然インターホンが鳴ったのは、ちょうどそのときだった。
あたしがふたりぶんの麦茶を用意し終えて、テーブルに置こうとした、まさにそのとき。サユはオムライスにスプーンを刺そうとしていた。
「ごめんサユ、先に食べてていいよ。誰だろうね? こんな時間に……」
来客なんてめずらしい。新聞の勧誘かな。それともうさんくさい宗教団体か、羽毛布団かなんかのセールスマンかもしれない。
まあ、どれにせよ、テキトーに断わればいいよ。お腹すいてるから早くオムライスも食べたいし。
「はい、どちらさまで……」
「――おまえが中澤祈?」
驚いた。そりゃそうだ。いきなりフルネームを呼ばれるなんて予想の範囲外をいきすぎてる。しかもちょっと食い気味だったよ。
誰? なんであたしの名前を把握してるの? もしかしてヤバイ?
いろんな疑問がごちゃっと頭のなかに生まれた。
ただ、新聞でも宗教でも営業でもないだろうなってことだけは、その一言で理解できた。
「どうも、はじめまして。……ああ俺、佐山(サヤマ)だけど」
なにも言えずにかたまっているあたしに、そいつは自己紹介みたいなものをひっつけた。
サヤマだけど――って。そんな当たり前みたいな顔して言われても、あたしはあなたのことなんか知らないよ。知らないはず。うん、知らない。ぜんぜん知らない。
性別は男だった。ぺらぺらの薄い水色のシャツを一枚で羽織り、下には濃い紺色のジーンズを履いている。靴はよくある感じのスニーカー。
とろんとしたひとえのたれ目だけど、眉毛はちょっとつり上がっている。くちびるは薄い。耳の形がいい。鼻筋は通っている。あごには少しのひげ。たぶん不精ひげ。
やる気のなさそうな目元。口元。セットとかそういうのとは無縁そうな、黒の短髪。
――サヤマ?
うん、やっぱりこんなやつに見覚えはないし、アヤシイやつだ、たぶん、間違いなく。