「だからだよ」


あたしは答えた。玉砕覚悟で。


「好きだもん。中澤祈は、佐山和志のこと、好きなんだ。男として。異性として。大好きなんだ。だから結婚したい。結婚する」


おじさんがあからさまにうろたえているのがわかる。かんべんしてくれって顔を隠そうともしてない。

バカか、なに言ってんだ、とか、言われるのかな。断られるか、もしくははぐらかされるんだろうな。でも振られるのは想定内。もともと長期戦のつもりだったんだ。


「……まあ、考えとくよ」


なのに、おじさんは、予想していたのとはぜんぜん違うことを言った。


「いつかおまえがびっくりするほどいい女になって、ルックスもいい、地位もカネもある若い男に言い寄られるようになったとき、それでもこんなしょぼくれたオッサンがいいって言うなら、そのときは責任とってやってもいい」


そうか、つまり、びっくりするほどいい女にならない限りは嫁にもらうつもりはないってことか。

おじさんらしくて笑ってしまった。オーケーなのか、ダメなのか、よくわからないな。とりあえず保留ってことかな。


「そのときは煙草やめてくれる?」

「なんでだよ」

「長生きしてほしい」


おじさんはものすごく悩んでいるようだった。そして、おもむろに胸ポケットから煙草を取りだすと、まじまじと見つめて、それから息を吐いた。


「しょうがねえな。禁煙くらい、いまからしてやるよ。ずっとしようと思ってたしな」


時間かかるかもしれねえけど、と、言い訳のように付け足された言葉は聞かなかったことにしよう。


「祈、ありがとうな」


おじさんは言った。ほんとにいきなり。禁煙推進に対する言葉かと思ったけど、そんなトーンじゃなかったので、あたしは黙っていた。


「ずっと……俺は、この場所から動くことがこわかったんだと思う。変わっていくことがこわくて、いつも過去のほうを向いてた。真鍋さんと出会って、染めものの世界に足を踏み入れても、未奈とさくらのことばかりを考えて生きてた。いい染めものをしようとか、そういうのもあんまり思ったことなかったな」


祈、と名前を呼ばれる。


「俺を変えたのは、おまえだよ」


顔を上げた。とろんとしたひとえのたれ目と視線が絡んだ。

蝉の鳴く声が、やかましく、それでいて静かに、響き渡っていた。