浴衣はおかーさんが着付けてくれた。帯と帯紐、それから下駄はおかーさんのやつを借りた。けっこう年季入ってるやつ。いい意味でね。味があるよ。赤紫の帯は大人っぽい。

髪はおだんご。不精ひげの32歳と同居を始めたころは鎖骨の下くらいまでだった髪が、いつの間にか胸元あたりまで伸びていて、時の流れを感じた。



「――いいじゃねえか。似合ってる」


どきどきしながら浴衣姿を披露したら、間髪入れずに言われた。

大人の男ってのはスゴイな。そんなにさらっと「いい」とか「似合ってる」とか言えちゃうのか。同年代の男だったらありえないよ。三宅にはまず無理だね。


「祈は和服が似合う顔立ちだな」


のっぺりしてるって言いたいのかな。まあ、ホリが深いほうではないけれど。


「それに、色白だから柄の色がよく映える」


それは違うよ。おじさんが素敵な色の浴衣を染めてくれたから、あたしの肌もキレイに見えるんだ。鏡を見てびっくりしたもん。あたしってこんなに美人だったっけ、とか、バカみたいなことさえ思ったよ。

おじさんはスゴイな。やっぱりスゴイ仕事をしてるな。

心からそう思うから、神戸行きを止めるなんてあたしにはどうにも無理だったんだ。

だってやっぱり、あたしは染めものをしているおじさんが好きだよ。尊敬もしてる。ずっと染色作家でいてほしいって思うもの。そんで、こんなふうに美しいものをこれからもたくさん染めあげてほしいって。


「そろそろ道も混んでくるし、行くか」

「うん」


おかーさんとよもぎにいってきますをした。おかーさんとおじさんはこれでしばらくのお別れなので、ふたりでなにか話していた。あたしはなんとなく先に車に乗りこんだ。きょうは後部座席。帯が崩れてしまうからしょうがないね。