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快晴だった。ベランダから雲ひとつない青空を見上げて「引っ越し日和だなあ」とつぶやくと、うしろから頭を小突かれる。


「忘れもんねえか、ちゃんと確認したか?」


持ってきたものは全部キャリーケースに詰めこんだ。意外とスカスカで、あれっ、こんなもんだっけかと拍子抜けした。

あとは、ブランケットとマニキュア、ひまわりのお皿も入れたし、それから……。

誕生日におかーさんにもらった、おじさんとペアのグラスは、きのうふたりで話しあった結果、この家に置いておくことに決まった。

ベッドとか大きなものもこのままにしておくことになった。それ以外のあたしのものはほとんど捨てた。引っ越し作業というか、どっちかというと大掃除みたいだな。

実際、大掃除というほうが正しいと思う。おじさんはこの部屋を手放すつもりはないんだって。だからなるだけこのままでいいんだって。まだローンも終わってねえし、ゆくゆくはコッチ戻ってくるつもりだし、とかなんとか言ってた。


おじさんはほとんどなにも持たないで神戸に行くらしい。煙草さえあればいいとか、売れないミュージシャンばりの台詞を聞いたときは寒気がした。冗談なのか本気なのかはやっぱりわからなかったよ。


「じゃ、行くか」


ぐるりとリビングを見渡したおじさんがあっさりと言い放つ。ちょっとスーパーに買い物に行くみたいなトーンだった。

そして、最初の日と同じようにあたしのボストンバッグを左肩に担ぐと、そのまま部屋を出ていった。


あたしはというと、キャリーケースを傍らに、しばらくそこから動けずにいた。リビングの真ん中で立ち尽くしていた。


冷蔵庫も、食器棚も、ソファもテーブルもテレビも全部そのままだけど、なんだかここはぜんぜん違う場所みたいだ。生きてない感じがする。カーペットとカーテンが消えただけなのに、不思議。


「……ありがと」


ありがとう。短いあいだだったけど、あたしの居場所になってくれて、ありがとう。