「祈」


いつもより近い場所で名前を呼ばれる。


「31日の花火大会、いっしょに行くか」


なんの脈絡もない、突然の提案だった。

そういえば地元の花火大会、そろそろか。毎年7月の最終日曜に開催されているんだっけね。


「浴衣着て、行くか、ふたりで」


まさかおじさんがそんなことを言うなんて思わなかったよ。

おじさんが染めてくれたあじさいを、おじさんの隣で着られるって思うと、それだけでどきどきした。うれしい。


「和志さんも浴衣着るの?」

「着るかよ。持ってねえし、めんどくせえ」


なんだ、つまんないの。似合いそうなのにな。見たかったな、おじさんの和服姿。

もうぴったりくっついている体をもっとくっつけるように身をよじった。おじさんが「なんだよ」と言う。


「あたし、男の人といっしょに寝るのなんてはじめて」

「ふうん、イマドキのガキはもっと進んでんのかと思った」

「言っとくけどあたしだってキスくらいはしたことあるよ」

「へえ」

「ねえ、やきもち妬いた?」

「妬かねえよ、バカか」


でもいまになって思う。あんなのは本当の恋じゃなかったって。恋に恋すらできていなかったね。周りが付き合ったりとかしているから、あたしも流されていただけ。


こんな気持ち知らなかった。おじさんと出会うまで知らなかった。

誰かをいとおしいと思う気持ち。優しい胸の痛み。憧れ。嫉妬。温もり。恐怖。幸せ。

どんな言葉でも形容しがたい、体いっぱいを支配する大きな想い。


「いいからもう寝ろ」


この夜がいつまでも続けばいい。

心からそんなふうに願ったのは、これが生まれてはじめてのことかもしれない。