髪を撫でてくれていた手のひらが、やがて頭のうしろにまわりこんで、気付けば抱き寄せられていた。優しい力だった。


「俺も楽しかったよ」


そのあとに言葉はなにも続かなかった。神戸に行くとも、行かないとも、おじさんは言わない。でもそれが答え。

わかっていたよ。あたしがどれほど泣いても、なにを言っても、おじさんは行ってしまうね。もう決めてしまったんだ。決めたことは曲げない男だ。そういうところも好き。


納得できるまで泣いた。本当は納得なんかできっこないけど、泣いた。気の済むまでTシャツを濡らしてやった。

おじさんはずっと抱きしめてくれていた。なんて優しい腕。なんて心地いい場所。なんていとおしいひとなんだと、その温もりに包まれながら思ったよ。これでもかってくらい。胸が痛い。


「……ほんとはさ、まだまったく荷物まとめてないんだよね」


ひとしきり泣いたあとでそう言ったあたしに、おじさんは少し笑う。


「まあ、そんなことだろうと思ってた」

「でも、まとめるね。決めた。7月いっぱいで出ていくよ。和志さんも引っ越しの準備とかあるもんね」


できるだけ涙声にならないようにしたけど、かえってかっこ悪い鼻声になってしまったかも。


「……ねえ、その日まで、ここでいっしょに寝てもいい?」


ダメだと拒否されるか、いつもみたいにはぐらかされるかと思ったよ。でもおじさんは、いいよって言った。しょうがねえなって。

それで実感した。もう少しで本当にお別れなんだってこと。