あたしが出ていくなんて言わなかったら、おじさんはそんな話は断っていたのかな。

そんなことないか。きっとおじさんはあたしをおかーさんのもとへ帰して、神戸行きを決めてた。そんな気がする。ただ順番が逆だったってだけ。


「……染めもの、そんなに好きなの?」


ココアを一口飲んで落ち着いてから、なんとなく訊ねてみた。黙りこんでいたおじさんがゆっくり顔を上げる。


「ああ、好きだよ」


なら、しょうがないか。こんなに即答されるなんて思っていなかったからちょっと驚いたけど、そう言ってほしかったから、ほっとしている。とても迷いのない声だった。

たぶん、いまのおじさんを支えているものは、染色だね。染める仕事、職人という職業。

7年前、真鍋さんに『なんのためにここに生きているのか』と訊ねたおじさんは、ちゃんとその答えを見つけて、いま、ここに生きているんだ。


だからあたしは応援しなくちゃいけない。おじさんをこの世界につなぎとめてくれたものを、この男から取り上げるようなマネ、絶対にしてはいけない。


「神戸みたいなおしゃれな街で、和志さん、ほんとにやっていけるのかなあ」


うるせえな。と、おじさんは笑った。

そういえばおじさん、よく笑ってくれるようになったな。すごくうれしい。すごく好きだって思うよ。体の真ん中あたりがぎゅうっとする。この男を見ているといつもそうなる。