「佐山くん、いい顔をするようになりました」


ふたりの姿が見えなくなるなり、ふと、真鍋さんが言った。ひとり言みたいだった。でもなんとなく、話しかけられているのかもしれないとも思った。


「祈さんのおかげですね。ありがとうございます」


深々と頭を下げられる。何事かと思う。


「佐山くんに『17の女の子を預かることになった』と言われたとき、はじめ、僕は反対したんですよ。……彼の妹さんのこと、きみはご存知ですか」


うなずくと、真鍋さんも小さくうなずいて、あたしから視線を外した。つられてあたしも正面を向く。同時に、展示品のいろんな色が目に飛びこんできて、なんだかまぶしいような感じがした。


「正直、心配でした。17歳――妹さんが亡くなった歳と同じ年齢の女の子と同居するなんて、彼の傷を開いてしまうようなことではないのかって。僕が彼と出会ったのは妹さんが亡くなった直後なんですが、当時の彼はまるで廃人でしたから」

「え……」


優しくくぼんだ目がこっちを向いて、悲しげにほほ笑む。


「佐山くんと出会ったのは、7年前、ちょうど僕が個展を開いているときでした。痩せこけた、青白い顔の男性が、フロアにあるベンチに一日中腰かけていてね、ぼうっとしているものですから、思わず声をかけたんです」


おじさんは最初、声すら出そうとしなかったらしい。目の焦点は定まっておらず、髪もひげも伸び放題だったって。生きているのか死んでいるのかわからないほどだったって。


「たまらず家に連れ帰り、あたたかい食事を出しました。佐山くんは食べながら泣いていました。そうして、ご家族のこと、話してくれたんです。『自分はなんのためにここに生きているのか』と、繰り返し言っていましたよ。もういっそ死にたい、とも」


心臓がずくんと痛くなった。体がこわばる。

真鍋さんと出会っていなかったらおじさんはもうこの世にいなかったのかもしれないと思うと、いてもたってもいられなくて、叫びたいような気持ちになった。