「でもきっと、価値はあることだよ」


凛々しかった声が少し丸みをおびる。


「なんとなく学校行って、友達としょうもねえことしゃべったり、いろんなこと仲間とがんばったり。ああ授業だりいなって思うことさえ、きっとすげえ価値のある、愛しいことだよ。学生時代、特に10代ってかけがえのないもんだ。おまえも10年後にわかるよ」


遠い思い出を語るみたいな顔。あたしにとってリアルなこの瞬間は、おじさんにとってもう10年も前の話なんだって実感する。


「そんなの意味ないよ。いま、かけがえないって、愛しいって思えないと、ぜんぜんなんの意味もない。10年後なんか知らない」

「まあ、そうだな」

「過ぎてからじゃないとわかんないなんて、人間はバカだ」

「ああ、ほんとにな。俺もバカだ」


おじさんはくつくつ笑っている。でもあたしは笑えなかった。だって、けっこう真剣に言っているのに、笑って流されてる。気に食わない。

目の前のおじさんをにらむと、彼は気だるげなたれ目をこっちに向けて、笑った。ほほ笑んだ。優しい顔。出会ったころは見せなかった表情だ。


「……でも、あたしも、バカだよ」


まるで頭と心が分離しているみたい。ううん、もしかしたら頭も心もひとつずつじゃなくて、あたしのなかにたくさんあるのかもしれない。


「このままじゃダメだってわかってるんだ。学校行かなきゃって思ったりもする。でも……マジョリティーの世界に飛びこむのはこわい。あっち側に行くのはこわい。みんなと同じになりたいのに、そんなの絶対ヤダって思う」


矛盾した気持ちがぐちゃぐちゃになって、混ざりあうこともなくて、気持ち悪い。