おかーさんは黙って水色のマグカップを拾い、スポンジでキュッキュッと撫でる。たちまち泡にまみれていくそれを見て、なんだかどうにも泣きたい気持ちになった。


「……おかーさん」


胸のもやもやが広がっていくみたい。

こんな感じ、はじめてじゃないけど、はじめてだよ。


「カレー、まずくてごめんね」


おかーさんの手が蛇口をひねった。すぐに出てきた透明が、白い泡を渦にして、どこかに流していく。


「おいしかったよ。まずかったけど」

「なにそれ」

「ほんとだもん。あんなカレーはじめて食べたよ」


あたしもだ。

あんなにサイアクなごはん、はじめて食べた。それでも、あんなに泣きそうな夕食も、はじめてだった。


「またつくってね、ごはん」


ああ、ダメ。いよいよ涙がこぼれそう。

だからあわてて背を向けた。うしろから聴こえる水の流れる音がさっきより少しだけ優しい。


「しょうがないなあ。つくったげるよ」


クソまずいのでよければ。

うしろでおかーさんの笑う声がした。跳ねるみたいな声。おかーさんはいつも少女みたいな笑い方をするね。


「ねえ? 祈は、祈の好きなようにしたらいいんだからね」


ただウンとだけ答えて、そのままフローリングの床を蹴った。その言葉が気に入らなかったわけじゃないんだ。それでも、どうしても、胸のもやもやの広がりが止まってくれなかっただけだ。