病室を出るとき、おかーさんはアリガトウって言った。いろんなものが詰まった言葉だって思った。
「佐山くん、祈のことよろしくね」
「またこいつに会いに夕飯でも食べに来てやってください」
ぽすんと、頭の上にあたたかい手のひらが乗る。
「それからあんまり無理しないように。もう若くねえんだから、お互い」
「やめてよ。私はまだまだ若いもん」
なに言ってるの! それで今回みたいなことが何度も起こってたら心臓がいくつあっても足りないよ。いいかげんにしてよ。
怒った顔を向けると、隣でサユも同じ顔をしていて、おかーさんは肩をすくめて笑った。
「ごめんね。ありがとう。ミヤケくんにもヨロシクね」
三宅にはあとでLINEしておこう。きょうのお礼と、この大雨のなか無事に帰宅できたかっていう安否の確認。
おじさんは、本当は三宅のことも送るつもりだったらしい。なんだかそれってあたしの保護者みたいなポジションの行動だって思った。まあ、それはきっと決して間違いではないんだろうけど。
水色のコンパクトカーでサユを家まで送り届けたとき、3軒隣に、少し前まで生活していたウチが見えて、変になつかしい気持ちがした。
ふたり暮らしにしては大きすぎる家。おかーさんが一生懸命働いて買った家。
おかーさんは幼いころからアパート暮らしだったらしく、一軒家に住むのがずっと夢だったんだって、いつか言っていたっけな。
誰もいない、からっぽのウチを見ていた。見えなくなるまでずっと。白い景色のなかで、壁のクリーム色がたまらなくさみしそうに見えて、どうしても目が離せなかった。