「私のほうが好きになって、がんばってがんばって、やっと振り向いてもらえて、誰にも内緒で付き合ってた。いま考えるとすごく身勝手な恋だったなぁと思う。若かったんだよね。
祈のお父さんは何度もやめようって言ってくれたんだよ。私より10も年上だったし、もう大人だったからね。でも私が止まれなくて……」
おかーさんはそこで口をつぐみ、少し考えた顔をしたあとで、再びやっと話しだした。
「3年生のとき、まだ在学中に、祈がお腹に宿ってね。すぐにでも退学しようって思ったよ。退学したら彼と結婚して、産まれてくる赤ちゃん――祈と、3人で幸せな家庭を築こうって。駆け落ちでもなんでもするつもりだった。それは高校を卒業するより、私にとっていちばん価値のある選択だった。
でもその前に、なぜか学校に全部バレちゃってね……。まわりみんなに大反対されて、彼とは引き離された。お父さんとお母さん――祈にとってはおじいちゃんとおばあちゃんだね、両親と大喧嘩して、私は高校を卒業するなり家を飛び出したの」
そうか、だからあたしは、おじいちゃんやおばあちゃんという存在にも会ったことがないのか……。
おかーさんは19歳のときにひとりであたしを産んだらしい。そして、あたしを育てながらアルバイトをして、お金貯めて、手に職をつけるためにデザインの専門学校に2年間通ったって。
「そのあいだも、いままでにも、彼とはいっさい会ってない。会わせてもらえなかったっていうほうが正しいね。だから彼がいまなにをしてるのかぜんぜん知らなくて。もしかしたらほかの女性とふつうに結婚して、子どもがいるかもしれないね……」
おかーさんは悲しそうに笑った。
「だからね、もし祈が会いたいと思ってても、お父さんには会わせてあげられないんだ。ごめんね」
おもいきり首を横に振った。おかーさんのさみしさを振り払うつもりで。
「あのね、私が高校を退学にならなかったのは、彼が学校と教育委員会に頭を下げてくれたからなんだって。『自分はどうなってもいいから彼女と子どもの未来を奪わないでほしい』って、彼は言ったんだって。
祈のお父さんはほんとに優しいひとだったんだよ。いつも自分より人のことばっかりで……。
でも私は、それでも、結婚しようって言ってほしかった。世界中に嫌われたっていいから、彼と、祈と、3人でいっしょに生きていきたかった」