508号室。このなかにおかーさんがいる――そう思うだけで心臓がどくどく鳴った。胸のあたりをぎゅっと握りしめる。

スライド式のドアを開けたのはおじさんだった。先に足を踏み入れたのもおじさん。そうして彼がつくってくれた道の上を、あたしは同じように進むだけ。情けないよ。


個室で、おかーさん以外の患者はいないみたいだった。

病室ってのは外よりもっとうんと静かで、いくら個室とはいえ、なんとなく息をひそめてしまう。


ベッドは部屋の奥にあった。半分だけ起こしたその上で、おかーさんは、パソコンとにらめっこしていた。

その顔がゆっくりこちらを向く。すっぴんだった。きょとんとした顔だった。


「……祈? と、佐山くん」


しゃべった。こっち向いてる。まばたきしてる。おかーさん、意識が、あるじゃん。


「あー、そっか。連絡いってたんだっけね! ゴメンゴメン、仕事のことで頭いっぱいで祈に連絡するのすっかり忘れてたよ」

「ゆりさん……なあ、かんべんしてくれよ、ほんとに」

「ごめんねえ。でも心配いらないってさ。ただの胃潰瘍だし」


能天気にからから笑っている。右腕から点滴の管を通してるのと、病衣姿なのと、すっぴんなこと以外は、いつもどおりのおかーさんだ。

元気そうで本当によかった。

へなへなと膝から崩れ落ちそうになるくらいには安心していた。でも決してそれだけじゃなかった。

あたしいま、ものすごくむかついている。


「バカじゃないの!?」


のどの奥がつんと痛い。