おじさんが足を止め、ゆったりとした動きであたしに向き直った。
右手は背中を優しくさすってくれている。左手は肩に添えて体を支えてくれている。優しくてあたたかい手のひら。ごつごつした、大きな手のひら。あたしのとはぜんぜん違う手のひら。
すごく安心する。どうしてだろう? 乱れていた呼吸がリズムを取り戻していくのがわかる。
「和志さん」
おじさんは無言のまま眉をぴくりと上げて、うかがうようにあたしの顔を見た。
「ありがとう、もう大丈夫」
「ああ……また、しんどくなったら言えよ」
あたしの髪をさらりと撫でたおじさんが、導いてくれるみたいに歩きだした。
おじさんの右肩が乾いてきている。黒の面積が減って、かわりにもとのグレーが増えていた。
あたしの心も同じだ。ぐしょ濡れだった真っ黒な恐怖が、いままさにグレーに薄れていってるよ。おじさんのおかげ。
すうっと息を吸って、大きく吐いた。
どうしてこのひとの傍にいるとこんなにも安心するんだろう。とてもぶっきらぼうな、デコボコした男なのに。
……ああ、あたしも同じようにデコボコしているから、そう感じるのかな?
あたしのデコボコに、おじさんのそれが、ぴったり当てはまるのかもしれない。たしかに、どっちかがまるかったら、いまこんなふうにいっしょに暮らせてないのかも。デコボコの種類が違っていてもきっとダメだった。
いびつだからこそ。
そういうものどうし、いっしょにいられるのかな。
ななめ前を歩いている大きな背中を眺める。やっぱり背が高いな。でも姿勢が悪い。少し肩を落とし、猫背で歩くうしろ姿に、心臓をぎゅっとつかまれた気持ちになった。
おじさんは、デコボコしていても、とても優しい男だよ。
「――ああ、ここか」
でかい病院は迷路みてえだな。と、ひとり言みたいに付け足したおじさんが、大きなドアの前で足を止めた。