マンションの外で待っていることにした。いてもたってもいられなかった。おじさんはLINEはしない男なのでいちおうメールだけした。
やがて姿を見せた水色の車は、駐車場じゃなく、エントランスの前で停まった。
白くしぶきを上げる雨のなかに飛び出し、車に駆け寄る。一瞬のあいだに信じられないほどずぶ濡れになった。
「傘は?」
運転席から手を伸ばし、内側から助手席のドアを開けてくれながら、おじさんが訊ねる。
「ない」
答えて、車に乗りこんだ。
「大雨警報出てんのに、バカだな」
だってそんな余裕なかったんだもん。むすっとした顔になってしまう。でも怒っているのとは違う。おじさんもそれはわかってくれているみたいだった。
口をつぐんでいると、大きな手があたしの頭を撫でた。乱暴じゃない、優しい手つきだった。
「どこ向かえばいい」
アクセルを踏みこんだおじさんが落ち着いた声で言った。左手はあたしの頭の上に乗せたまま、彼は右手だけでハンドルをきる。
「市内の、大学病院に……」
「わかった。ちゃんとシートベルト締めとけよ」
大粒の雨がフロントガラスにぶつかっては弾けていく。ワイパーは最速で動いていた。おじさんはいつも比較的セーフティードライバーだけど、きょうはもっと安全運転な気がするよ。
会話はない。音楽も、ラジオも流さない。
50センチ右にあるおじさんのわき腹のところを掴んでいた。よれよれのシャツがもっと伸びてしまわないか心配だったけど、おじさんはなにも言わないでそうさせてくれていた。