電話が切れると急いで画面をタップした。普段は必要ないと思っているけど、いまばっかりは本当にスマホがあってよかったって思う。

早くおじさんに連絡しないと。

おじさん。
早く帰ってきて、おじさん。


「もしもし、祈?」


4コール目が途中で途切れたあと、機械を通した低い声がすぐ耳元で聴こえて、ほんの少しだけほっとした。


「あ……和志さん、早く、いますぐ、帰ってきて、お願い」

「なんだよ、どうした?」

「おかーさんが」


頭が混乱しているせいか、舌がうまくまわってくれない。一度ツバを飲みこんだ。自分でも驚くほどに大きな音が鳴った。


「倒れて、病院に運ばれたって、連絡が」


声が震えてしまう。

実際に口にしたとたん、さっきよりもずっと深い恐怖がこみ上がってくるような感じがした。立っているのもけっこうつらいんだ。倒れるようにソファに座りこむと、よもぎが体をすり寄せてきた。


「待ってろ、すぐ帰る」


おじさんは薄い機械の向こう側で静かに言った。いつもと同じ声としゃべり方がとても心強かった。


「祈。大丈夫だからな」


ぎゅっと、汗ばんだ手でスマホを握りしめて、ウンとだけ答える。おじさんの低い声を聴いて安心したのか、電話が切れるといっきに視界がゆがんだ。


おかーさん、大変な病気とかじゃないよね。突然いなくなったりしないよね。

恐怖でいまにも体が押しつぶされてしまいそう。

誰かと大きなお別れをしたことなんか一度もないから、大切な存在を失うのがこんなにこわいことだなんて、知らなかった。


よもぎを抱きしめる。

よもぎはもうすでにお母さんを亡くしているんだったね。こんなふうにこわかったかな。悲しかったかな。

おじさんはどうなんだろう。大丈夫だと、いつもと同じ声で言った彼も、32年間のなかで誰か大切なひとを失った経験があるのかもしれない。