顔に集まる熱を冷ますために、椅子を引いて全開の窓の前に立つ。
生ぬるい風がシャツの袖やぼくの顔を通り過ぎていく。
外からは部活生の掛け声が聞こえ、視線を落とせばグラウンドの周りをなぞるように走っていた。
もっと視線を上げれば、一軒家やビルが集まる街並みと遠い山がひとつ。青空に山の緑はよく映える。
自然と会話は途絶えるけれど、それが苦だとは思わない。
黙っていても、仲井さんの傍なら自然体でいられる。
彼女はきっとスケッチブックに戻り、絵に集中しているだろう。それを邪魔するつもりもない。
だって仲井さんがイラストを描く度に、彼女の心が躍ることを、ぼくは知っている。
「わたしのお母さんね。詩を書くことが好きだったの」
飽きもせず山を眺めていたぼくは、視線をそのままに仲井さんの語りに耳を傾ける。
「特に植物が大好きで、目にした感動をいつも形にしていたんだ。わたしはお母さんの詩の意味がよく分からなくて、いつも首を傾げていた。でも、子どものわたしにも分かることがあったの」
それは、植物が好きだという気持ち。
仲井さんはお母さんの詩が綴られた大学ノートを勝手に見ては、本人にどういう意味なのか聞いていたそうだ。
その度にお母さんは恥ずかしそうな、困ったような顔をしていたと思い出を聞かせてくれる。
そんなお母さんのノートに仲井さんはある日、落書きをした。
いつものように綴られている詩の隣に、小さな小さなヒマワリを描いたそうだ。
当時の仲井さんは小学校一年生、詩の意味が分からなくても簡単な花なら知っていた。
だから、ヒマワリの詩の隣に落書きをした。
それは単なる出来心、見つかれば怒られるだろうと思っていた。
けれどお母さんがそれを見つけた時、本当に嬉しそうに綻んで仲井さんに言ったそうだ。
ヒマワリに色を塗って欲しいな、と。
「てっきり、怒られると思っていたのに。お母さんはすごく喜んでくれたの。それがとても嬉しくて、その日から毎日のようにノートに絵を描いた。分からない花は図書館で図鑑を借りてもらって、わたしが絵を描いて、それにお母さんと一緒に絵に色を塗って」
お母さんは仲井さんの絵を、いつも褒めてくれた。
どうして絵を描いたら褒めてくれるのか、と仲井さんが尋ねると、お母さんは答えた。
「詩は言葉ばかりで色がなくて寂しい。だから、志穂(しほ)が絵を描いてくれると詩に色がつくの……そう、お母さんは言ってくれた」