兄夫婦がお見舞いに来ると兄嫁は必ず母にお腹を触らせてくれた。
母の手を持って「ここが頭だよ」と頭の部分に手をあてた。
母は嬉しそうに何度も頭がある所を撫でて「ばあちゃん頑張るからね」と言った。
がんセンターの看護士はみんな親切で明るい人ばかりだった。
点滴を換えにきた看護士に母はまた嬉しそうに言った。
「5月に孫が生まれるの。それまでは頑張りたい」
「そうなの?楽しみだね」
ニコニコ笑って看護士は答えてくれた。
調子がよく起きていられる時、母は日記のように何かを書いているみたいだった。
母は日記をつけるのが何十年も習慣になっている。
それからベッドのふちに座る練習をしていた。
「免疫療法するから座れるようにならないと」
「そうだね」
あたしは小説から目を離して母に笑顔を向けた。
「早く車椅子に乗れるようになりたいな」
「ゆっくり練習すればいいんだよ。焦って調子崩したら来週の外出も出来なくなっちゃうよ」
「そうだね、久し振りに家に帰れるの嬉しいな。ココロに会いたい」
「ココロも寂しがってるよ?何食べたいか考えててね、あたし作るから」
「ハルが作るの?何か不安だな」
「何それ失礼だね。スープだけどね、お母さんがよく作る肉団子のスープ」
「ちゃんと作れるの?お母さん味にはうるさいからね」
楽しそうに笑っている母に合わせてあたしも笑う。
泣く事なんか出来ない。