「それ、いつわかってたの?兄ちゃんは知ってるの?」
あたしは泣きながら言った。
「お父さんの引っ越しの時。筋肉痛かな?って腕がダルくて触ったら小豆みたいなしこりがあって、お父さんに相談して乳腺クリニックに行ったのさ、ガンだってわかったのは最近。友達に確認してもらったら『怪しいね』って言われたよ」
「そうじゃなくて!!」
箸を置いて怒鳴るあたしを両親は不思議そうに見ていた。
「兄ちゃんもそうだし、あたしも・・・。何でそんな大事な事をすぐに言ってくれないの?あたしって何?娘だよね?友達に確認してもらうより先に言うべきじゃない?何で?何も言わないで突然『ガンになりました』って言われるこっちの身にもなれよ!」
母は苦笑いしてすき焼きの具を鍋に入れながら「怒る事ないでしょ、何でそんなに泣くのさ、ビックリさせたから?」と言った。
「乳ガンはそんな大げさなモノじゃない。手術すれば取り除けるかもしれないからな。ハルが怒るのもわかるけど、この人はハルがショックを受けて体調を悪くしたら困ると思って言わなかっただけだ」
父もあっさりしていた。
父は医薬関係の会社にいる。手術先は父が腕のいい医者がいる病院を探すらしい。
父と母は妙な夫婦だ。
母は父を苗字の「○○さん」と呼び、父は母を「あの人」や「この人」と言う。
子供の前でもそれは変わらない。
子供には自分を「お母さん」「お父さん」と言うけど、たまにお互いの呼び方になる。
子供の頃、母がふざけて「お父さんとお母さんは友達で夫婦じゃない」と言った事を鵜呑みにしていた事がある。
「あたし兄ちゃんに電話してくる」
席を立ってもう結婚している兄の携帯へ電話をかけようとすると、
「もう食べないの?もったいない」
と母は涼しい顔で言った。