充血させた目でボウルにニラを詰める母さんは、「せめて」情報が入れば、と独り言を漏らしていた。

なんの情報を切願しているのか、主語がなくても理解できる。

生きているかどうか、それだけでも分かったら心が晴れるだろうに、母さんはスンッと鼻を啜った。


此処にいるよ、と主張できればどんなに良いだろう。


だけど実際、ただ見守ることしかできない。俺は両親に掛ける言葉も見つからない。

そっと台所を後にした俺は、居間に戻らず、少しばかり家の中を彷徨うことにした。


今、両親の傍にいると熱いものが込み上げてきそうだから。


自分の部屋に上がってみようかな。
気持ちを落ち着かせるために。


俺は階段を上って自分の部屋を目指す。二階は俺と兄貴の部屋、そして物置部屋があった。

最初から自分の部屋に飛び込む勇気は持てない。

だから俺は兄貴の部屋にお邪魔してみることにした。


普段は兄貴の部屋に勝手に侵入すると、文字通り激怒されるんだけど、今はその兄貴がいない。

気兼ねなく侵入することができた。


襖を開けて電気を点ける。

びっくり。
兄貴の部屋にはなあんにもなかった。


あった筈の勉強机もそこにはないし、漫画や参考書が詰め込まれていた本棚も撤去されている。

あるのはベッドとカーテンくらいなもんか。

自立する際、兄貴があらかた家具を持っていっちまったのかもしれない。


無人部屋だ。

客間にするにはあまりにも殺伐としている。


「ポスターも剥がされてる」


兄貴のベッドに乗り上げて、俺は薄汚れた壁を見上げた。ベッド横の壁には有名バスケット選手のポスターが貼られていたのに。

年月を感じさせる部屋に虚しさを抱きつつ、俺は兄貴の部屋を後にした。