「健がいなくなって15年。あっという間の15年だったな」


また沈黙が訪れる。

母さんが反応を示さないせいだ。


生きていれば30か、父さんのぼやきにようやく母さんが微動だにする。
 

「そういえばね」話題を切り替えることで場を乗り切ろうとする母さんは自分から切り出しておいて、俺の話題に触れたくないようだ。

父さんも察しているのか、それ以上の話題は出さない。


他愛もない話題で盛り上がろうと努めている。


その内、母さんが「足りないでしょ」なにかつまみになりそうなものを作ってくると腰を上げた。


台所に向かう母さんの背を見送った父さんは、意味深に溜息をついてビールを飲み干すと写真立てに視線を流す。目を細めた。

飽きることなく父さんを見つめていた俺だけど、不意に父さんが軽く両目頭を押さえていたことに心臓が凍りそうだった。

玄関先で見た父さんの小さな姿が、より一層小さく見える。こんなにも父さんは小さかったっけ。


淡々と食事を進めている父さんを向かい側でいつまでも見つめていた俺だったけど、居た堪れない気持ちになって腰を上げる。

 
重い足取りで台所に向かった。

 
ひものれんを潜って中に足を踏み込むと、母さんが父さんのためにつまみをこしらえている。

メニューはチヂミみたいだ。


ザックザク、ニラを適当な大きさに切り分けている。

微かに香るニラ特有の匂い、まだ俺の嗅覚は2011年に通用するみたいだ。
 

俺に背を向けて材料をこしらえる母さんは、不意に手を止めた。

手拭用であろうタオルを掴むと、それで目と鼻を擦る。

振り返った母さんの表情に俺は言葉を失った。
疲労しきったその表情、本当に母さんは老けてしまっている。しごく老けている。