「そうだ。秋本先生、最近お忙しいようですけど…、空いている日、ありますか? 是非お食事をしたいんですが」

「え、ああ…、まだ日程を確かめないと分からないですけど。後ほど連絡しましょうか?」


「それは助かります」下心ありありの顔で高橋は笑みを浮かべる。

生返事を繰り返す秋本に、連絡を待っていると高橋は目尻を下げた。

いけ好かない男だよな、食事のためだけに秋本を探していたんだろ? そうだろ? 脛、蹴っ飛ばしてやろうか?

……お前、秋本を泣かしたら承知しないからな。


これ以上の会話を聞きたくない一心で、フンと鼻を鳴らした俺は席を立つ。
 

ガタッという音に高橋はびっくりした様子で周辺をキョロキョロ。

構わず、教室を出ようとする俺に「待って!」秋本が声を掛けてきた。


立ち止まる俺が何か言う前に、高橋が不思議そうな顔で秋本に訊ねる。


「誰かいるんですか?」と。


黒板消しを落としたのは秋本、泣き笑いをしたのは俺、ますます首を捻る高橋、この三つ巴図をなんと称せばいいのか。


堪らず、視線を外して教室を出る。
 

薄暗い廊下を早足で歩く。

いや現実から逃げていると、後ろからケタタマシイ足音が聞こえた。


その足音は俺の脇を通り過ぎる。


「うわっつ」間際、腕を取られて俺は走らざるを得なくなった。

縺れそうになる足をそのままに、俺は相手と共に走る。

転げ落ちるように階段を下り、到底人が通りそうにない理科室前まで俺を引っ張りつれた秋本は息を弾ませて腕を解放。

振り返り、俺の瞳を覗き込んでくる。
 

目が訴えている。この現実は一体どういうことだと。

説明しなくとも分かっているだろうに、彼女は敢えて俺の口から言わせようとするもんだから意地が悪い。

俺だってこんな現実、口ずさみたくもない。ないんだよ。秋本。
 

「秋本…、俺さ。お前にスッゲェ感謝してる。こんなにも良くしてくれて…、幸せ者だと思う。
お前がいなかったらずっと、ひとりぼっちでこの世界…、彷徨っていたかもしんねぇし。遠藤とだって再会、できなかったもしんねぇ。すっごい感謝してるんだ。ありがとうな。お前とは…もう少し、一緒いたかったけど」