「嬉しかったからこそ、俺、お前には幸せになって欲しい。大丈夫、アラサーでもまだまだイケるってお前。結構美人だよ、ガキから口説かれても嬉しくねぇだろうけど」
振り返ってくる秋本と視線を合わせて、「な?」そっと頬を崩す。
驚愕。そして泣き笑いする秋本は突然どうしたんだと声音を震わせる。
曖昧に笑う俺と秋本の間に沈黙が流れた。
その空気を裂くように視線を戻した彼女は黒板をゴシゴシと執拗に磨き、変な空気を作らないで、と俺に悪態を付いた。
何も言えない俺はたっぷり間を置いて、
「お前と大人になりたかったな」
小さく呟く。
アラサーと15じゃ振り向かせる見込みないし、肩を竦めて微苦笑。
「バッカじゃない」
毒づく彼女は何も気付かない振りして、誰があんたに振り向くものですかと気丈に振舞った。
振舞って見せてくれる。
それがとても痛々しい。
「此処にいたんですか。秋本先生、何してるんです? 電気も点けないで」
パチッ、教室に明かりが点る。
我に返る秋本は血相を変え、「いやその」と後ろのドアから入ってくる教師に狼狽。入って来た教師は憎き高橋センセイだった。
俺の姿をしきりに気にしつつ、ちょっと忘れ物なんかを…、ミエミエの嘘を口ずさんで黒板消しを背後に隠す。
あからさま慌てている秋本に対し、俺は微動だにしなかった。
だってもう、隠れる必要なんてないんだ。
必要なんて、もう。
愛想良い笑みを浮かべる高橋は戸締りし忘れですかね、後ろのドアに目を向け、彼女に視線を戻す。
「それにしても本当に何をしてらっしゃるんです? 突然職員室を飛び出した挙句、ご自身のクラスで…、掃除、ですか?」
「え、あ、まあ」
「しかもお一人で黒板掃除だなんて。何かありました?」
まったく俺に視線がいかない高橋に違和感を覚えたんだろう。
視線を俺に合わせてくる。
ニッと笑う俺だけど、ちゃんと笑えているか不安だ。ほんと不安だっ。
今更になって自分の置かれた状況が不安になるってのもお門違いなのかもしれないけど、不安過ぎて笑えてくる。
俺、どうなっちまうんだろう。
考えないようにはするけど。