「俺、幸登っつーんだけど、お前の名前は?」
「千夏」
「そうか」


 そう言ってプルトップを開けて、ごくごくと喉を鳴らして飲み始めた。それ以上話しかけてこなかったのは、わたしの涙が乾くのを待っているからだろう。

 知ってるよ、わたしは、きみを知っている。一五歳のきみは知らないけれど、いろんな部分を残して大きくなった五年後の幸登を知っているよ。


 二十歳のきみも、わたしが泣くといつも黙ってそばにいてくれた。普段はわたしのことなんて放置してそっぽむいてゲームばかりしているくせに、バイト先で嫌なことがあったり失敗して帰ってくれば、黙って目を見て話を聞いてくれたよね。

幸登とケンカした時も同じで、感情的になっているのがわたしだけみたいですごく嫌だったけれど、話終えるといつもすっきりした気分になった。

 わたしが怒り出すまで、全く察することのできない鈍感で無神経な部分があるけれど、気づいてくれたら向き合ってくれる。

口は悪いし適当だし、なにを考えているのかわからないし、ちっとも優しくない。

 けれど、ぎりぎりのところで手を差し伸べてくれる。


「落ち着いた?」

 涙が止まったことに気づいた幸登が、飲み干した缶をべこりと潰してわたしに聞いた。ちょっとえらそうな口調だったけれど、これは幸登の通常モードだ。

「こんなところで泣くなよなあ。誰かに見られたら気まずいじゃねえか」
「こんな辺鄙な場所、誰も来ないよ」
「こんな辺鄙な場所だからこそ、誰かに見られたら絶対わけありにみえるだろうが」

 そういうもんなのだろうか。

 ぶつくさ文句を言っていたけれど、いらだちを感じなかったのは彼がその態度をわざとやっているからだろうな、と思ったからだ。

 泣いていたわたしが、気を使わないように。泣き止んだわたしに「腹減った」とか「ドラマ見たかったのに」と余計なひとことを言うのは幸登のその場を和らげるための方法なのだろう。