外フェス――正式名称は、外苑前高校フェスティバル――の初日は無事に、とはいっても細々と小さなトラブルは数多く起きたが、なんとか無事に乗り切った。これは毎年先生方に黙認してもらっているが、初日の残務処理と翌日の準備や打ち合わせのために、生徒会役員メンバーと一部のサポートスタッフは生徒会室に泊まり込んでいる。私を含め、女子のメンバーは、隣の来賓室の一部屋だけを使わせてもらっている。なにせ、この部屋はシャワーが使えるのがありがたい……一応、ユキヤが使わないことはLINEで確かめてある……男子生徒は生徒会室の床に雑魚寝だろうが、あまりそのシーンを想像したくはない。
外苑前高校の生徒には、配布したプログラムとオンラインの掲示板で『早朝ライブ』があることは告知してある。でもわざわざ始発に近い時間の電車に乗って集まるものだろうか?
そして、ついさっき、夜の九時に学校のホームページの『外フェス特集』のニュース欄に早朝ライブの告知を出した。千五百人が入る体育館がガラガラだったらどうしよう? 逆に誘導スタッフがさばききれないくらいに観客が大勢押し寄せたらどうしよう……私たちはその不安と疑問を何度も言葉にして繰り返していた。
「もう十一時だ、明日の朝も早いから、電気を消すぞ」
コンビニご飯と毛布を持ち込み、体操服のシャツとハーフパンツに着替え、ソファセットの上で割と快適な泊まり込み生活を送っている。暗闇に目が慣れると自然に出てくる女子トーク。
「あの、会長さん……カズサ先輩……起きてます?」
「ああ。どうした、マスミ」
「投書の件、憶えてます?」
「投書?」
「ほら、交際って『男女に限定してしまっていいものか』っていう」
「ああ……あれか」
確かにマスミがそんな投書を読み上げていた。校則では『男女の交際は、お互いの人格を尊重し、学業を優先し、高校生らしい節度ある態度を保つこと』と書いてあるが、今の時代にそぐわない気がする。今は同性同士の恋愛や交際も普通にあるものだとして校則も検討した方がいいのではないか……そんな内容だったと思う。
「あの投書、『今は』どう思ってます?」
その時、暗闇の中で、女子たちの聞き耳がピクピクと動いているのを探知した。
「なぜ、今そんなことを聞く?」
「だって、先輩、今川雪夜君のこと、好きですよね?」
「え⁉」
まさか……あれほど気をつけていたのに。
「な、なんでそう思う?」
「だって、さっき彼が生徒会室に現れた時のカズサさんの反応を見たら、バレバレですよ」
「そ、そんなはずはない!」
いやいやいやと、眠っているはずの女子たちからヒソヒソ声が聞こえる。
一呼吸置いて、マスミが再び尋ねる。
「こういう聞き方していいのか、わからないんですけど……その、カズサさんは、ユキヤ君が女の子だってこと、最初から知っていたんですか? それでも好きだったんですか?」
いきなり核心に触れてきた。
「ひとつだけ注意させてもらおう。ユキヤ君が自分のことを女の子と思っているのか、そうでないのか、それは本人次第だ」
「そ、そうですね。ごめんなさい」
「で、質問の方だが、正直自分でもよくわからない……でも確かに『好きだ』という気持ちはある」
きゃあ! という声が上がったようだが、この際気にしない。さすがにインストアライブの後の出来事をそのまま伝えるのは刺激が、じゃなくて問題がありすぎる。私はオブラートに包みまくった。
「自分でもわからないんだ。どういう風に好きなのか……だからこの質問は保留にしておいてくれ」
夜遅いせいか、明日のライブを前に興奮しているのか、マスミの質問に気前よく答え過ぎたような気がする。彼女(たち)はまだまだ色々と聞きたそうだったが、私は『早く寝ろ』とだけ言ってスマホに取り込んだCALINのメジャーアルバムを再生し、ノイズキャンセル機能つきのイヤホンを耳にはめた。心地よい彼らの声が、すぐに夢の世界にいざなってくれた。
〇
「おはようございます。早朝よりご来場いただき、誠にありがとうございます。ただいまの時刻は午前四時十五分です。近隣はまだお休みの時間帯となります。大きな声での私語、立ち止まっての歓談は固くお控えください。列が歩道に溢れますと、近隣住民の皆様のご迷惑となり、イベント自体が中止となる可能性がございます。恐れ入りますが、前の方に続いて間を詰め、白いロープの内側に五列でお並びください。係員の指示に従い、ゆっくりと生徒玄関までお進みいただきますようご協力をお願い申し上げます」
メガホン越しの若い男性の声が、私のイヤホンのノイズキャンセリング機能を無視して飛び込んできた。
え! 寝坊した? いや、今、『時刻は午前四時十五分』って言ったぞ? まだ地下鉄の始発が動き出す前じゃないか⁉
誘導ラインや、体育館内の客席の区分けはもちろん昨日のうちに終えている。今朝は四時半に起床、身支度と最終打ち合わせを急いで済ませ、五時から入場開始の予定だった。
「おいみんな、起きてくれ!」
ソファーの上でめいめい寝ている女子たちを揺すって起こす。彼女たちも外から聞こえる男性の声に気づき、慌てて起き上がる。着替えを済ませた私は、「生徒玄関に集合だ、私は先に向かう」そう言って来賓室を飛び出した。
誘導の声の主は、生徒会役員の男子たちか? そう期待したが、生徒会室のドアを開けると彼らはまだ惰眠を貪っていた。一人ずつたたき起こし、私は生徒玄関に向かい、その光景に目を疑った。
すでに三百人ほどは並んでいるだろうか。校門はすでに開けられていて、区切られたロープの中に百人単位くらいで整然と立ち並んでいる。ウチの学校の生徒の姿も見受けられるし、他校の生徒や大人も混ざっている……よくよく見ると、CALINのライブの常連の姿もあった。みんな思い思いにお洒落な『推し活ファッション』に身を包み、推しウチワを手にしている。男子の姿も結構見られ、全体の三割くらいか。
誘導スタッフは、その服装から一目見てわかった。黒い襟つきのシャツに、黒いパンツ。黒いアポロキャップを被り、ご丁寧に黒いサングラスまでかけている。CALINのライブでよく見かけるスタッフ。多分、所属事務所の社員か、そこで雇われたアルバイトたちだ。三十人ほどの人数でテキパキと作業している、体育館までたどっていくと、その通路にも、体育館のコートや客席にも誘導スタッフが立札を持ってスタンバっていた。ゾーン分けしたロープは私たちが準備したものよりも細かく厳密に張られ、その一ブロックごとに担当スタッフがついている。
「和咲君、おはよう。生徒玄関前もそろそろいっぱいになってきたので、体育館に入場してもらおうと思うが、いいかな?」
そう声をかけてきたのは、生徒会顧問の戸波先生だ。バタバタと遅れてやってきた生徒会役員とサポートスタッフがその光景に目を丸くしている。
「せ、先生が手配してくださったんですか?」
「いや、相談したのは私だが、交渉してくれたのは彼だ」
そう言って先生が手を振ると一人の男性が近づいてきた。
「と、父さん⁉」
なんで彼がここに?
「紹介しよう。この学校のOBで、元生徒会長の佐伯君だ」
「し、知ってます」
「ああそうだ、和咲に紹介しておこう……おーい! 黒川」
父がそう呼ぶと、少し離れたところでスタッフと話していた白髪の男性が手を上げ、ゆっくりと歩いてきた。父も彼も、誘導スタッフと同様、黒シャツに黒パンツだ。
彼は私の制服を眺めると、右手を伸ばして私の右手を包み、しっかりと握手をした。
「おお、君がスケバン会長か! 失礼……アンフレーム・エンターテインメントの社長をやっている、黒川と申します。いつも、今川雪夜がお世話になっています……佐伯会長さんのことは、彼からよく聞いています」
「は、はじめまして……こちらこそお世話になっています……それから、今日はお力添えくださり、ありがとうございます。不慣れなもので、ご迷惑をおかけします」
そう挨拶を返すのが精一杯だった。
「なあに、佐伯君……君のお父さんの頼みとあっちゃあ、無下に断るわけにはいかないしな。この学校に通っていた頃はさんざん世話になったしな……というか、生徒会の仕事をもっとまじめにやれって、いつも尻をひっぱたかれていた」
「せ、生徒会……ですか?」
「そう。知っての通り、佐伯が生徒会長をやっていて、黒川が副会長。私が書記をやらせてもらっていた」
「あの……戸波先生が以前おっしゃていた、ユキヤ……今川君の依頼人と旧知の同窓生って……」
「ハハハ、そういうことだ」
戸波先生が懐かしそうに話しているのをそばで聞いていた、『現副会長』のケイイチが、
「ひ、ひょっとして、制服廃止の時の『伝説の生徒会』の方々ですか!」
そう言うと彼はその場にひれ伏した。
「あの……この学校に今川君が転校してきたのも」
「ああ、私が、君のお父さんに相談して、戸波先生にかけあってくれた……君が、贔屓がすぎるんじゃないかと不満を漏らしていたそうで、すまなかった」
「いえいえ、そんな」
そういうことだったのか。まさか父が絡んでいたとは想像もしていなかった。
「和咲、悪かったな、差し出がましいことをして。でも、戸波先生から相談を受けて、お客さんやユキヤ君の安全に関わることだから、少しでもベストな状態にしておきたかった。最後の親バカだと思って許してくれ」
「許すだなんて……私の読みが甘かったです。こんなにたくさんの人が来てくれるなんて」
「さあ、次から次へと人が押し寄せてくるぞ、場内誘導に専念しよう」
「はい!」
私たち生徒会役員とサポートスタッフも、大勢の来場者の整列と注意事項の案内に加わった。
私にはひとつだけ気になることがあった。
「戸波先生、来場者に案内する注意事項として『スマホなどによる録音・撮影は固く禁じております』という一文が抜けていますが、大丈夫でしょうか?」
「ああ、そのことか。それは、雪夜君のたっての希望でね。録画や、ネットでの配信は構わない、むしろここに来れなかった多くの人に観て聴いて欲しいとのことだ……もちろん黒川社長の許可はとってある」
「そういうことだったんですか……」
「おーい! サエキングー!」
げ!
行列の中でもひと際目立つコーデとメイクの女の子が二人、激しく手を振っている……ジェミーとそるてぃだ。
「ここに並んでる子たちから噂で聞いたんだけど、あんた、外苑前高校で生徒会長やってるんだって? すごいわ、この出世頭」
ジェミーの発言にハラハラしながら小声で答える。
「そんな大したもんじゃないわよ……さすがにあなたたち、目ざといね。校外の人たちにこのライブの告知したのって、夕べ遅くなんだけど……」
「さて、それだけで、こんなに人が集まると思いますか?」
そるてぃが謎々っぽく問いかける。
「どういうこと?」
二人はそれぞれスマホの画面をタップし、私に見せた。
"CALIN推し、ユキヤ推しは、明日の早朝、外苑前高校に集合!"
画面に表示されていたのは、二人が推している、ノワールとシュガーのインスタグラムだ。
「彼らだけじゃないわよ、CALINみんなが『集合!』って呼びかけているし!」
いったい、どういうこと?
〇
暗転の体育館。
そのステージに一筋のスポットライトの光が落ちると、ざわついていた場内が静まりかえり、サイリウムやペンライトがゆっくりと揺れ始める。時刻は、午前六時。でもそこは陽が沈んだ放課後の体育館のような雰囲気を醸し出していた。
スポットライトが照らし出しているのは、グランドピアノ。
それに一人の少年――少年と言っていいのだろう――がゆっくりと歩み寄り、ピアノ椅子に腰かけた。静かな拍手と歓声が湧きおこり、それが静まる前に彼はイントロを奏で始めた。
〈タイトル〉 はじめまして
〈作詞・作曲・ピアノ・歌〉 今川 雪夜
――――――――――――――――
♪~
ほら 揺れている 五月の風に
イチョウの淡い緑の葉が
僕の心も 一緒に揺れる……
一曲目は、彼が私との通学途中の情景と心情を紡いだ、あの曲。リリースしたばかりのアルバムには収録されていない。
地下鉄の出口を抜け、街路樹の通りで爽やかな風に吹かれたあの日。私にとってかけがえのない時間。そのシーンを思い出し、涙が滲んだ。
二曲目。
〈タイトル〉 カチカチの革靴とスニーカー
〈作詞・作曲・歌〉 今川 雪夜
――――――――――――――――
♪~
鐘の音が響くたび 確かめるつま先
魔法が解けたら ぼくは どこへ帰るんだろう
この曲は、マイナーレーベルに収録されていて、ライブでもよく聴かせてくれた。
ユキヤはダンサブルで躍動感のある曲作りも得意だし、その中にも私が好きな曲がいっぱいある。でもやっぱり彼は、バラードだ。
ライブハウスで聴いたあの夜と、多少なりともユキヤとの会話を重ねてきた今とでは、歌詞にメロディーに乗せられた意味合いがまったく違って響く。当時の私は、彼が心に秘めていた苦悩をこれっぽっちもわかってやれていなかった。
拍手を受け、彼は立ち上がり、
「これが、今朝の最後の曲です」
と静かに声にした。
もう終わってしまうのか? 本当にあっという間だ。
「曲名は、Questioning」
簡潔にそう言って、ピアノ椅子に座るとイントロを引き始めた。
クエスチョニング……それは。
〈タイトル〉 Questioning
〈作詞・作曲・ピアノ・歌〉 今川 雪夜
――――――――――――――――
♪~
Aメロ
イエスかノーか 二者択一のチェックボックス それが僕の目の前にあった
「どちらでもない」が 僕には必要な答えなのに
テスト用紙を そっと裏返す
男の子らしいね 女の子らしいね
わかりやすく 親切で残酷な言葉
僕は追試を受けながら
ずっと 答えを書けずにいた
Bメロ
はてなマークに 曲がった背中
夕陽が映す 僕の影だ
そこに一本のシルエット
優しく撫でる手
どっちでもいいじゃない
また 白紙で出しちゃいなよ
手のひらの 温度がそう言ってくれた
サビ
I’m Questioning
まだ名もなき僕
I’m Questioning
答えを急ぎ 僕は青ざめる
I’m Questioning
終わりなき 問いのはざまで生きる
ブリッジ
朝がこぼれる光の粒
輪郭が 浮きあがる
その手の温かさに 覚えがある
君だったんだね
サビ(二回目)
We’re Questioning
ここから始められるかな 僕たち
We’re Questioning
急がないでいいんだ
だって 君と笑いあえるから
We’re Questioning
答えがないから ずっと探せる
君の手を 離さないまま
~♪
――――――――――――――――
その曲にコーダはなく、ユキヤの歌声とピアノの伴奏が同時に終わった。
無音の時間が続き、やがてすすり泣きが体育館の方々から聞こえ、それに拍手が加わる。
体育館の奥の壁に背を持たれて立っていた私も思わずしゃがみ込み、涙をポロポロと流していた。
LGBTQという言葉は聞いたことがあるだろうか? まずは、LGBTという言葉が生まれた。そして、時代とともに『Q』(Questioning、またはQueer)が加えられた。ユキヤは敢えてその言葉を曲のタイトルとし、自分について、それから自分の決意を歌ったのだ。
『We』とは、誰のことだろう。それは私であって欲しい……いや、そうならなくちゃいけないんだ。彼のために……彼と同じような悩みを抱えた子たちのために。
彼はピアノの前に出ると、ハンドマイクを構えた。
「こんなに朝早くから、ここに集まってくれ、僕の歌に耳を傾けてくれて、ありがとうございます。みなさんに早くお伝えしなくちゃいけなかったんだけど、遅くなってごめんなさい」
そう言ってユキヤは頭を下げた……いいよ、ユキヤ。この場でそんなことを告白しなくても。
「ネットで噂されている通り、僕の戸籍上の性別は、女性です」
だから、いいってば!
「物心ついてからすぐに、『女の子』と言われることに、しっくり来ませんでした……かといって、僕は男の子なんだって自信を持って言うこともできませんでした。そんな中、僕を救ってくれたのが、歌とダンスだったんです。歌って踊っている間は、『僕は何者なのか?』って考えずにすみました。そんな僕を拾ってくれたアンフレーム・エンターテインメントの黒川社長、そして、分け隔てなくメンバーとして迎え入れ、一緒に音楽をしてくれたCALINの仲間には本当に感謝しています」
この流れ……ユキヤ、頼む。もうこれ以上何も言わないでおくれ。
「もう、薄々と気づいていた方もいると思いますが、メンバーのみんなが成長していくにつれ、僕の体が、そして僕の心のどこかが女の子であることを嫌でも実感させられました。声の違い、体格の違い、体力の違い……そして、僕が女の子であることがネットで拡散され……あ、言っておきますけど、それを投稿した人のことを恨んでなんかいません。だって、その秘密を隠していたのは僕なんです。メジャーデビューが決まっても、それを打ち明けることはできませんでした……僕は卑怯者です」
来場したファンは口々にユキヤの言葉を否定する。君は決して卑怯者なんかじゃないよ。気がついてあげられずにごめんねって。だからユキヤ、もういいよ、自分を赦してやって欲しいのよって。
「僕は、今日をもちまして、CALINから脱退します。この件は、事務所の黒川社長にも話していて、新メンバーを探してもらうようお願いしています」
場内のどよめき……それは、驚きというよりも、ああやっぱりという失望に近いものだった。
今川雪夜がもう一度深々とお辞儀をし、ステージを降りようとした瞬間。
異変が起きた。
「ちょっと待って!」
客席から複数の大きな声。
ステージの照明が煌々と照らされ、四人の黒ずくめの人影が、次々とステージに飛び乗った。その場で固まるユキヤ。
場内誘導スタッフの制服を着た彼らは、サングラスをとり、帽子を投げ上げ、頭を振って髪型を整えた。
えっ、まさか⁉
「ギャー、ノワール!」
「シュガーくーん!」
ジェミーとそるてぃから甲高い叫び声が発せられ、激しくペンライトを振っている!
「マシュー!」
「フェネーン!」
客席から次々と声がかかる。
四人は、スノーラヴィ、つまりユキヤを真ん中に、横一列に並んだ。
一人だけ白基調の服を着ていた彼は驚いて左右を見回す。なにがなんだかわからないという表情を浮かべている。
ステージ運営のスタッフから、四人にもハンドマイクが渡される。え⁉ すでにステージ進行役とは打ち合わせ済みなのか?
「どうも、リーダーのマシュでございます。本日は朝早くからお集まりくださり、誠にありがとうございます」
彼は、自分のキャラである『執事』らしく挨拶し、やや慇懃無礼気味に頭を下げた。
「本日は大切なお話があり、この場を借りて報告させていただきますぞ」
客席がざわめく。
「さきほど、スノーラヴィこと今川雪夜から、わがグループの脱退の表明がありましたが、それを受けまして、新メンバーが決まりましたので、ご紹介いたします」
場内からブーイングが起こる。そんなに慌てて決めなくても! 冷たすぎるじゃないか! レコード会社からの命令か! などなど。ユキヤはうつむいて観念したようにうなずいている。
「ご紹介します。スノーラヴィこと、今川雪夜です!」
ブーイングが大きな歓声に変わった。ユキヤは顔を両手で押さえてその場にしゃがみこむ。
ノワールが無理やり彼を立たせ、涙でボロボロのユキヤの顔を見つめた。
「ねえノワール、なんで僕なんか……」
黒猫キャラがマイク越しにそれに答える。
「決まってるだろ? CALINのセンターはユキヤなんだ。ユキヤじゃないとCALINじゃない……と言っても、お前がウカウカしてたら、センターの座、ぶんどるからな。別に俺はユキヤのために歌って踊ってるわけじゃないんだからね! ……まあ、たまには俺のことナデナデさせてやってもいいけどさ」
感動的なことを言いながらも、しっかりツンデレで笑いをとるノワール。ユキヤも泣き笑いだ。「よく言った! さすがアタシのノワちゃん!」とジェミーが私の隣でピョンピョン跳ねている……
他のメンバーからは、客席に声がかかった。
シュガー。
「君たち、ユキヤのこと、ずっと守ってくれるよね? ひとりぼっちにしたらボク、許さない。泣いちゃからね!」
そるてぃは、甘えモモンガキャラの推しを瞳をウルウルさせて見つめていた。
フェネン。
「みんなの声、このおっきな耳で全部キャッチしたからね! 今日もめいっぱい騒いでいくよ……ふふっ、僕の罠に落ちる準備はいいかい?」
イェーイ! とレスする生徒たち。
「それじゃ、新生、CALINが揃ったところで、もう一曲だけおつきあいくだされ。曲は、メジャーアルバムのメインタイトル……」
そこまで言うと、執事キャラのアイドルはマイクを客席に向けた。
「「「「「「「「「「境界線を脱ぎ捨てて!」」」」」」」」」」
みんな声を揃えてタイトルを叫ぶと、一段と大きい歓声を上げた。
その様子を呆然と見つめていたら、一人の男性が近寄ってきた。父さんだ。
「これ、母さんからだ」
渡されたのは、学校のセカンドバッグ。ファスナーを開けると、そこに綺麗に折り畳まれて入っていたものは……ライトグレーのチェック柄のミニスカート。白ブラウスにラベンダーの薄手のニットベスト。私のお気に入りの『勝負コーデ』だ! 推しウチワやペンライトも入っている……さすが母上、わかってらっしゃる(涙)。
「ありがとう!」
父へのお礼もそこそこに、私はイントロが流れる中、来賓室までダッシュし、まるでアニメの魔法少女みたいにブツブツと呪文を唱えながら秒で着替えとメイクを済ませ、体育館に戻った。
すぐさまジェミーとそるてぃが私を発見し、彼女らが陣取っていた前の方の席に引っ張っていく。
「え、今の誰?」
「カズサさん?」
「まじ?」
「え、会長?」
「余興か何か?」
「カワチ!」
方々で疑問と好奇心の声が湧き起こる。
……もう、かまうものか!
Questioning……これも、私が探し求めている姿のひとつなんだから!
♪~
こんな服 脱いでしまおう
余計なものだらけのカバンは
放り投げよう
そこからだ
ほら 超えられっこないって思ってた
境界線なんて どこにもなかったんだ
やっとそれに 気づいた
今さらだけど ここから始まる 始めるんだ
I am Who I Will Be.
ユキヤ、それから彼を盛り立てる CALINのメンバーが、カラオケタイプの新曲に合わせてステージを縦横無尽に駆け回り、踊り、歌声を上げた。
気がつくと、私のすぐそばで、神崎凛がレスポンスを叫び、さらにそのすぐそばで、ユキヤが女の子であることをネットに拡散した『同担』がペンライトをぶんぶん振り回していた。
これでいいんだ、そう思えた。
コーダが流れ、五人の動きはピタッと止まり、次の瞬間五人は深々とお辞儀した。
ああ……終わってしまう。
永遠に続いて欲しい、ほんの一瞬。
私は今、青春と言う抽象的な言葉の意味を初めて実感したのかも知れない。
私にはずっと無縁だと思っていた二文字。それが今、目の前にある。
ああ、ほんとうに終わってしまう。
……でも終わらなかった。
リーダーのマシュがいきなり手拍子を打ち、コールを始めたからだ。
「カズサ! カズサ!」
CALINのメンバーもそれに応え、声と手拍子を乗せる。
それが体育館中に響き、ボリュームアップしていく……
「カズサ! カズサ!」
「カズサ! カズサ!」
「カズサ! カズサ!」
「カズサ! カズサ!」
私は観念する。
『推しの勝負コーデ』のまま、ゆっくりとステージに近づき、ステップを上がる。どよめきの中にクスクス笑いや歓声が混ざり合い、私を包みこむ(もうヤケクソだ、いくらでも笑え!)
ステージの中央までたどり着くと、ユキヤがニコッと微笑んでマイクを渡してくれた。
柄にもなく、頭が真っ白になってしまい、何を喋っていいのかわからなかったが、とにかく思いつくがままに喋るしかないと思った。
「スケバン生徒会長の佐伯和咲だ」
それだけで大爆笑が起きた。そりゃそうだろう。スケバンらしい威厳のカケラさえ、どこにも見当たらない。私は大げさに両手を広げ、自分の体を見回す……ツカミはOKだ。
「今日は、朝早くからこんなにたくさんの生徒、近隣のみなさんに集まってくださり、感謝しています。少々騒がしかったかもしれないが、年に一度のお祭りだと免じて、許して欲しいと思う」
「実は今年度の始め、わが校の校則について、こんな投書をもらっていました。生徒間の交際について、校則では『男女の交際は、お互いの人格を尊重し、学業を優先し、高校生らしい節度ある態度を保つこと』と書いてあるが、今の時代にそぐわないのではないかと。「『交際』というものを男女に限定してしまっていいだろうか? 今は同性同士の恋愛や交際も普通にあるものだとして校則も検討した方がいいのではないかと」
集まった生徒たちは真剣に私の話を聞いてくれている。
「その時の私には、正直ピンとこなかった。どうやら私はこの通り少々古いタイプの人間のようでね」
ここで笑いが起きた。そりゃそうだろう。フリフリの推しコスをまとった女子が古いタイプと自称しても、違和感満載だろう。コホンと咳ばらいをして話を先に進める。
「そして、みなさんがご存知の通りこの春、今日ここで素敵な歌を披露してくれた今川雪夜君が、わが校の仲間に加わってくれた」
彼は少し恥ずかしそうにうつむく。
「彼には気づかされることばかりだった。音楽の素晴らしさはもちろんのこと、性別や年齢の垣根を作らずに、真正面から飛び込んできてくれる。そして彼は、自分たちを愛してくれる人々、つまりファンのことも分け隔てなく大切にしてくれるのだ」
CALINのメンバーも私の言葉にうなずき、ユキヤの肩に手を置く。
「もちろん彼だけではない。今日この場でみなさんが目の当りにした通り、CALINというチームが、そういう人間としての素晴らしさを持った存在なのだ、それは『癒し系の動物』という枠を超えている。ユキヤ君を通じて、君たちに出会えたことに感謝しているし、本当に幸せなことだと思う」
そろそろ話を締めくくろう。
「私は生徒会長という職責を果たさなければいけない。先ほど紹介した、校則の見直しに関しても、生徒会の役員でしっかりと議論し、私の思い……覚えているだろうか。本当の自由とは、世間が、大人が、あるいは周囲の空気が『こうあるべきだ』と押しつけてくる模範演技から、自分自身の足で抜け出すこと……それを実現したいと思っている。そこから、個人個人の、そしてチームとしての無限の可能性が広がるからだ」
私は、客席を見回す。そして独りよがりでないことを確かめる。
「今日、ユキヤ君から素敵なキーワードをもらった……そう、Questioningだ。彼自身も迷い、思い悩み、探し求めている。自分は何者か、誰を愛せるのか……私だってそうだ。スケバンの恰好をしたり、推しのコスチュームを着たりしているが、今ひとつ、自分が何者なのかなんてわからない、好きだと思っている人への『好き』という感情が何なのか、正直わかっていない……だからこそのQuestioningだ。問い続け、探し求める。その結果、どんな答えが見つかるか、わからない。自分が望まない結果になるかもしれない。でも、そうやってもがき続けるプロセスが大事なんだと思う」
少々話が長くなってしまった。
「素敵なライブの後に長々と堅っ苦しい話をしてすまなかった。でも最後にひとつだけ。……ユキヤはわが校の大切な仲間だ。そして、私が愛する人だ。彼を傷つけようとする奴は、この私が断じて許さん。それだけは肝に銘じておいてくれ!」
自分では格好よく啖呵を切ったつもりなのに予想に反して、キャーっという歓声と冷やかしのヤジが飛んできてしまった……
私の胸に小さな体が飛び込んできた。ユキヤだ。
「カズサさん、ありがとう! 僕も君のことを愛しています!」
観客のヤジと冷やかしのボルテージが一段と上がった。
「さあ、『外フェス』も二日目が始まったばかりだ。みんな、存分に楽しもうではないか!」
さらに歓声が大きくなった。
例え校則を変更してでも、『性別問わず自由恋愛』は死守しようと誓った生徒会長、佐伯和咲であった……



