「あ、綾……そなたが朔夜殿下と、そのような。いや、さすがは我が娘。わしの見込んだとおりであった」
綾は、目を瞬いた。あまりに、ひどい言葉だった。あまりに予想どおりの言葉でもあった。
「殿下と縁づくならば藤原の系図に、そなたの名を戻さねばなるまい。さあ、戻ってまいれ。父はそなたを――」
「藤原兼雅」
帝の声が、静かに響いた。
「そなたは己が娘を、荷のように追いやったと聞く。人を人とも扱わぬ者に、これ以上何を望むというのか」
兼雅の顔から血の気が引いた。
綾は一歩、進み出た。
「畏れながら、申し上げます」
自分の声が静まり返った殿に凛と通る。
「私は、父の娘としても後宮の女房としても、もう生きてまいりません」
兼雅が目を剥いた。
「すべてを恨んでいるわけではございません。父上に薬湯を運んだ日のことも、覚えております。けれど私は誰かに与えられた居場所ではなく自分で選んだ居場所に立ちたいのです」


