「あのころは」
朔夜が低く言った。
「あなたを、姉と呼びました」
月が、雲の切れ間から現れた。青白い光が彼の横顔を照らす。
「ですが、今は――」
そこで一度、言葉が途切れた。彼は、ひとつ息を吸いまっすぐに綾を見つめた。
「一人の女性として、あなたをお慕いしております」
心臓が、大きく跳ねた。
逃げ出したいのに、目が逸らせない。家人だった頃の彼は決してこんなふうに綾を見なかった。真っ向から、堂々と隠しようもない想いを宿した眼差しで。
「……朔夜、さま」
辛うじて、そう呼ぶと彼の瞳がわずかに揺れた。
「……あの」
綾は、頬の熱を持て余しながら、小さな声で尋ねた。
「もう、姉さまとは呼んでくださらないのですか」
朔夜が、びくりと肩を揺らした。
「それは……」
珍しく、彼の耳の端が赤い。
「ご命令とあらば、お呼びしますが。……その、今の私には少々、難しいかと」
「どうして」
「あなたを姉として見ることが、もう、できませんので」
綾は、今度こそ、両手で顔を覆いたくなった。


