月の光が奥庭の白砂を淡く濡らしていた。
朔夜は立ち上がり綾の手を取ろうとして、ふと躊躇い、その手を引いた。代わりに池のほとりの小さな東屋へと、静かに促す。
「お話しいたします。すべてを」
東屋の柱の影に、もうひとり控えている者がいた。門で見たあの鋭い目の若い家人だ。彼は綾へ一礼したが、眼差しは氷のように冷たかった。
「若君。長居は危険でございます。女御方の耳が、どこにあるともしれませぬ」
「わかっている、鷹臣。下がっていてくれ」
若君、と呼ばれたことを綾は聞き逃さなかった。鷹臣と呼ばれた青年は、渋々といった様子で闇のなかへ下がっていった。
二人きりになると、朔夜は綾の正面に膝をついた。狩衣の裾が、白砂の上に広がる。
「……荘園へ向かわれたのでは、なかったのですか」
綾が尋ねると、朔夜は、少しだけ気まずそうに視線を落とした。
「荷車が三日目の宿に着いた夜、見張りの茶に眠り薬を……あとで、たいそう叱られました。もう少し穏便にやれ、と」
綾は、思わず吹き出しそうになって慌てて袖で口元を押さえた。
「改めて名乗らせてください。朔夜と申します。母がつけた名です」
静かな声だった。


