月影の皇子は女房腹の姫を選ぶ




 夜明け前、綾は裸足のまま門へ走った。
 朔夜が遠国の荘園へ遣られると聞いたのは、真夜中のことだった。
 青い顔で駆け込んできた菖蒲が「殿が、朔夜さまを今朝のうちに追い出せと」と震える声で告げたのだ。

 冷たい露が、素足を濡らす。門の前には荷車が一台と、屈強な男が三人。その中央に、朔夜が立っていた。縄はかけられていない。けれど、逃げ道を塞ぐように囲まれている。

 傍らには、若い家人がひとり控えていた。鋭い目つきの青年で、綾を見るなり眉をひそめた。まるで、避けたかった災いを見つけたように。


「朔夜」


 呼ぶと、彼が振り向いた。
 尋ねたいことは、山ほどあったのに。

 あの勾玉のこと。あの少年のこと。あなたはあの子なのですか、と。

 けれど男たちの視線が、綾の唇を縫いとめた。
 朔夜は、周りには聞こえぬほどの声で、たった一言だけ告げた。


「必ず、参ります」


 荷車が動きだした。朝靄のなかへ遠ざかっていく背中を、綾はいつまでも見送っていた。