月影の皇子は女房腹の姫を選ぶ




 その朝、綾は薬草の籠を提げて、庭の隅の草地へ出た。朔夜も、少し離れて、影のようについてくる。


「これは」


 綾が足元の小さな白い花を指すと、朔夜は一瞬だけ迷ってから、答えた。


「……仙翁草、でしょうか」

「では、こちら」

「……さあ」

「では、こちらは?」

「野蒜、かと」


 綾は、くすりと笑って手を止めた。


「朔夜。あなた、全部、ご存じでしょう」


 朔夜が、目を逸らした。


「わざと間違えたふりをなさるのは、なぜです」

「……姫様が、教えてくださるお声を、もう少しだけ、聞いていたくて」


 風が、草を鳴らした。綾は慌てて顔を背け、籠の縁を直すふりをした。


「……お母上に、教わったのですか」

「はい。母は、薬草に詳しい人でした。私が熱を出すたび、庭で摘んだ草を煎じてくれて」


 朔夜の声が、静かに遠くなった。


「あなたが草を摘む手つきは、母に、よく似ております」


 綾は、何も言えなかった。ただ、その言葉を、大切にしまうように、胸のうちで繰り返した。
 やがて綾は、咳止めの草を、いくつか多めに摘んだ。


「殿のお咳ですか」


 朔夜が、静かに尋ねた。


「ええ。数日、お辛そうなので」

「……お優しい」


 その一言に綾は、朔夜の声のなかのほんのかすかな痛みを聞いた気がした。