月影の皇子は女房腹の姫を選ぶ




 婚礼が済むと、間を置かず妹の撫子姫にも縁談がまとまった。北の方の娘たちは、次々と良き家へ収まっていく。
 邸は祝い事の余韻で華やいでいたが、その華やぎが遠ざかるほどに綾の周りには奇妙な空白が広がっていった。


「姫様。お耳に入れたくはないのですが」


 ある朝、髪を梳きながら、菖蒲が声をひそめた。


「殿が、後宮の女官の口を探しておられるそうです。それも、姫君として上がる口ではなく……下働きのような」

「そう」

「そうって、姫様!」

「驚くほどのことではないわ。持参もなく、縁談もなく、家に置いても持て余す娘だもの」


 自分でも意外なほど、声は静かだった。ただ、櫛を持つ菖蒲の手が止まったのを鏡越しに見て、綾は言葉を継げなくなった。


「それと、もうひとつ」

 菖蒲は、さらに小さな声で続けた。


「屋敷の者たちが、姫様と朔夜さまのことを噂しております。家人が姫君に懸想して、姫君もそれを拒まぬのだと」


 綾は、頬が熱くなるのを感じた。


「そんなことは」

「わかっております。朔夜さまは、そんな方ではございません……けれど姫様、あの方が姫様を見る目はただのお役目の目ではございませんよ」

 否定の言葉が、喉の奥で溶けた。

 熱を出した夜以来、朔夜は変わらず丁重で、必要以上に近づくことはなかった。それでも、視線が合うとき、彼が先に目を逸らさないことを、綾は知っていた。逸らさないくせに、その瞳は、触れれば壊れるものを見るように、どこまでも慎重だった。