萩姫の婚礼は、恙なく執り行われた。
綾は当日、奥の間に控え遠くから届く楽の音を聞いていた。
最後まで、祝いの席に姿を見せることはなかった。菖蒲はひとり憤慨していたが、綾は「御髪上げの刻限を間違えるよりは、ずっと静かでよかったわ」と冗談めかして笑った。
障子の外で、朔夜が咳払いで笑いをごまかす気配がした。
そんな些細なやりとりが、いつからか、綾には当たり前のものになりつつあった。
その夜、宴の声が遠ざかったころ。
綾が灯を落とそうとしていると簀子に、人の気配がした。
「姫様」
障子を開けると、朔夜が膝をついていた。その手に、桜の枝が一本。
「宴の庭から、一枝だけ。私が勝手に折りました。叱られるのは、私の役目ですので」
綾は、目を丸くした。花びらが、灯の明かりに透けている。
「……祝いの席には、私の居場所はありませんでしたのに」
「はい。ですが」
朔夜は、まっすぐに綾を見た。
「今夜、この邸でいちばん美しかったのは奥の間で静かに灯を守っておられた姫様です。それを知っているのは、私だけでよいのですが……せめて、花のひとつも差し上げたくて」
言葉が、出なかった。
枝を受け取る指が震えた。触れた花は、夜の冷たさを含んで、ひんやりとしている。それなのに、胸の奥だけが、熱かった。
「……ありがとう、ございます」
やっとの思いでそう言うと、朔夜は、ほっとしたように目元を和らげた。
その夜、綾は枝を水盤に挿し、いつまでも眺めていた。眠りにつく前に、一度だけ、花にそっと指先を触れた。


