その夜、綾は熱を出した。
夢を見た。
古びた小屋の隅に、傷だらけの少年が倒れている。年は幾つだっただろう。顔には靄がかかったようで、思い出せない。ただ、見開かれた目だけが、獣のように警戒して光っていた。
「食べて。大丈夫、毒じゃないから」
綾は、自分の分の粥を匙に取り、少年の口元へ運んでやった。少年ははじめ顔を背けたが、やがておずおずと口を開けた。熱い粥を飲み込むたび、その瞳から涙が音もなく伝い落ちる。
「泣かないで」
少年は、震える声で綾を呼んだ。
「……姉さま」
目を開けると、夜だった。
額には冷たい布が載せられ、枕元には薬湯の匂いが残っている。障子の向こうに、ひとつ人影があった。朔夜だ。主の眠る部屋には入らず簀子に控えて薬湯の火を絶やさぬよう守ってくれていたらしい。
「……朔夜。まだ、そこにいたのですか」
「お熱が下がるまで、こちらにおります。ご無礼はいたしません」
熱に浮かされた頭はいつもなら飲み込む問いをそのまま口にさせた。
「あなたは……誰かを、待っているのですか。ときどき、門のほうを見ていらっしゃるでしょう」
障子の向こうで、人影がわずかに動きを止めた。長い沈黙のあと、静かな声が答えた。
「昔、私を救ってくださった方を」
綾は、ゆっくりと瞬いた。
低く落ち着いた声だった。けれどその奥に夢の中で泣いていた少年の声と、同じ色のものが混じっている気がした。
――そんなはずは、ないのに。
綾は勾玉を握りしめたまま、そっと目を閉じた。障子越しの気配が、夜が明けるまで、そこを離れなかった。


