冥府後宮で十五年、幼馴染は白狼帝になって迎えにきました

 朝が来た。そう白狼帝が願ったから。この冥府の全ては帝のものであり、全てを決めるのは白狼帝なのだ。
 そして彼は再び、後宮の全ての妃を大極殿へと集めた。
 豪奢な衣装を着飾った妖たちが並ぶ中、私は白狼帝から与えられた銀糸の小袿を纏い、化猫の姿のままで列の末席に立っていた。
 階の上、遥か高い玉座から、白狼帝が冷ややかな金色の瞳で私たちを見下ろしている。

「さて。我を冥府に落とした大罪人を、見つけ出した者はいるか」

 静まり返る大極殿に、低く恐ろしい声が響く。

「はい、私が——」
 
 九尾妃がしゃなりと手を上げる。
 だめだ、彼女に自白させてはいけない。私は息を大きく吸い込み、大きな声を出した。

「化猫妃、冥花がお答えいたします!」

 私の声に、大極殿中の視線が突き刺さる。
 「化猫妃が」「今や下層に落ちた妃でしょう?」という嘲笑のさざめきの中、私は九尾妃を指さした。

「太狼……白狼帝の命を奪い、冥府に落とした大罪人。それは、九尾妃。あなたです!」
「まあ」

 指差された九尾妃は、扇で口元を隠し、余裕の笑みを浮かべた。
 
「この化猫は、何を血迷ったことを言い出すのかしら。証拠はあるの?」
「あなたの背中にある、大きな刀傷です」

 私の言葉に、九尾妃の目がわずかに見開かれる。

「それは現世の白狼陛下がつけたもの。それを恨んだあなたは、『遠征』で街を焼き、彼を殺した!」

 静寂。そして次の瞬間、九尾妃は隠すこともなく「あはははは!」と甲高い声で高笑いをした。

「ええ、そうよ! 私が街を焼いたわ。そして確かにそこに、現世の白狼帝もいらっしゃった」

 九尾妃は悪びれるどころか誇らしげに胸を張る。
 かつては慈愛に満ちた表情で私を世話してくれていたのに、もうその面影はどこにもない。
 その変化が悲しくて、腹立たしくて、そして寂しかった。

「九尾妃が、犯人と申すか」

 白狼帝の言葉に大極殿がどよめく。「答えはいかに」「あの化猫が正妃になるのなんて、嫌だわ」、そんなざわめきが聞こえてくる。
 
「……下らない」

 けれど、玉座に座る白狼帝の声は、氷のように冷たかった。
 
「その『狐』は俺が退治した。狐如きに、俺が殺されるとでも思っていたのか」
「え……?」

 白狼帝の冷たい瞳に心臓が凍り付く。まさか、でも、昨日は確かに九尾妃がそう言って——

「盗み聞きの得意な野良猫が、何か勘違いをしているみたいね」

 九尾妃が目を細めてにたりと笑っている。愚かな私はそこでやっと、狐に騙されたのだと気づいた。

「俺を殺したのは奴ではない」
「確かに私は街を焼きました。けれどお強い白狼陛下にはとても叶わず……愚かにも撤退したのでございます」
「で、でも……それでは……」
「化猫妃、冥花。お前は答えを間違えた。よって罰を与える」

 白狼帝が指を鳴らすと、屈強な兵士たちが現れ、私を囲む。
 兵士たちの無骨な手が、私の腕を左右から乱暴に掴み上げる。

「い、痛い!」
「あははは! いい気味だこと! 陛下、この厚かましい化猫を、どうか最も暗い地下牢へお入れくださいまし!」

 九尾妃が勝ち誇ったように笑い、他の妖たちも一斉に私を嘲笑う。
 あんなに自信満々に告発したのに、私は間違えた。後宮で生き抜いてきた狐の狡猾な罠に、あっさりと落ちてしまったのだ。

「お待ちください陛下! 九尾妃はまだあなたを——」
「ええいうるさい! さっさとこの馬鹿猫を地下牢に連れてお行き!」

 せめて白狼帝に九尾妃の危険性を伝えようと声を上げるが、九尾妃の高い声で遮られてしまう。
 これではもう、大罪人を見つけることも、とと様を探すことも——白狼帝を守ることもできない。
 だが、白狼帝は玉座の上から冷たく九尾妃を一瞥した。

「俺がいつ、地下牢へ繋げと言った?」
「……え?」

 九尾妃の高笑いがピタリと止まる。
 白狼帝は玉座に深く腰を沈め、その鋭い金の瞳で真っ直ぐに私を射抜いた。

「答えを違えた愚かな化猫には、相応の『重い罰』を与えねばなるまい。……この者を、我が寝宮へ」
「なっ……陛下の、寝所へ……!?」

 九尾妃が悲鳴のような、甲高い声を上げる。しかし、白狼帝はもう彼女の言葉など耳に入っていないようだった。

「お待ちください! それではまるで正妃の扱い! 答えを当てたものが正妃になるのではないのですか!?」
「正妃ではない」

 驚く九尾妃を一瞥もせず、白狼帝は静かに私を見て言った。

「この者は罪人だ。よって俺の部屋で捕えておく」
「何を……!」

 ざわめきが波のように広がる。
 私は訳も分からぬまま兵士に引き立てられ、呆然とする妃たちを残して大極殿を引きずり出されていく。

「冥花。お前は間違えた。皇帝に対し過ちを口にし、無実の者を罪人として差し出そうとした」
「それは……」
「罪には罰がいる。それが冥府の理だ」
 
 連行された先は、恐ろしい地下牢などではなかった。
 足が沈み込むほど分厚く豪奢な絨毯が敷かれ、見上げるほど立派な天蓋付きの寝台が置かれた、広い部屋。
 白狼帝から漂っていたのと同じ、大人の男の香りがふわりと満ちている。
 そこは紛れもなく、冥府の絶対的支配者である皇帝の私室だった。

「ここがお前の新しい牢となる」

 冷たい鉄格子の代わりに、幾重にも重なる重厚な絹の帳が、私を外界から完全に切り離す。
 私は白狼帝と二人、広すぎる皇帝の部屋に取り残された。

「太狼、私を……どうしたいの……」
「それは、お前が謎を解いたら答えてやる」

 そう答える白狼帝の瞳は、どこか寂し気だった。
 私はまだ、何かを思い出せていない。
 でもそれが何かわからない。
 哀しそうな白狼帝——太狼に、何も声をかけてあげられない自分が悔しくて、ぽたりと涙がこぼれた。