「あなたを殺したのは——私……」
私が炎の中で答えた。
狼となった太狼を強く抱きしめ、己の罪に震える。
そうだ、私が太狼を孤独にした。太狼を苦しめた。太狼を変えてしまったのは、私だった。
「メイ……カ……」
太狼が唸る。ああ、私は化猫に。太狼は狼に。己の本性が体を変えている。
私たちは異形の姿のままぎゅっと抱きしめ合う。
迫りくる炎が、今度こそ私たちを焼こうとしていた。
「違うな。また間違えたぞ、冥花」
けれど、炎が私たちを焼くことはなかった。
炎の爆ぜる音に混じって、低く威厳のある声が響いた。
声の主を探して視線を落とすと、足元にいたあの黒猫が、金色の瞳で真っ直ぐに私を見上げていた。
「え……その声はまさか……!」
「九尾妃、貴様は本当に底知れぬ欲を持つ……」
九尾妃が悲鳴のような声を上げる。
黒猫はふああ、とあくびをしながら呆れたようにつぶやいた。
この穏やかな声を、私は知っている。
「とと様……?」
この黒猫はとと様——夜魔大帝だ。
「夜魔大帝、生きていたの!?」
「朕の可愛い子を、見守らぬわけがなかろう」
「ええい、しつこい! この小賢しい獣どもめ、まとめて灰にして潰してやる!」
私たちが生きていることに気づいた九尾妃が、激昂して再び青白い狐火を巨大化させる。
しかし、黒猫は炎を前にしても微動だにしなかった。
「愚かな九尾妃め。この冥府における絶対の力とは、現世の『信仰』に依るもの」
黒猫がしっぽを揺らし、私を見上げる。
「ならば次代の帝は——冥花だ」
「え……?」
その瞬間、私の身体から目も眩むような白銀の光が溢れ出した。
私を包む光は、あまりにも温かくて、巨大だった。
そうだ。太狼は現世で将軍となり、この十五年間、現世のすべての民に『十歳の女帝・冥花』を神として信仰させていた。現世の人々の祈りと、太狼自身の狂おしいほどの執念。それがすべて、冥府にいる私の力となっていた。
「そんな……こんな子供が、帝の力など持てるものか!」
「現世では女帝だった者。当然、この地でもその力を得るであろう」
九尾妃が怯んだように後ずさる。私は光を纏いながら、凛と立ち上がった。
今度こそ間違えない。
私は——女帝になる。
「九尾妃。私の父母を奪った仇。そして何より、私の大切な太狼を傷つけ、貶めた罪——お前は、ただの狐に戻りなさい!」
私が新たな力と共に命じた瞬間。
九尾妃の身体を覆っていた妖気が霧散し、彼女は一匹の狐へと姿を変えた。
「キャインッ!」
全ての力を失い、ただの獣に戻ってしまった九尾妃。それに従っていた妖たちも次々と小さな狐に戻ってしまい、狼となった太狼の姿に恐れをなして、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
炎が消え、宮に静寂が戻る。
「とと様! お願い、太狼が……!」
私は慌てて黒猫の前に跪いた。私の力で炎は消せたが、太狼の姿はまだ狼の姿のままだった。
私にはまだ、冥府の力を完全に使いこなすことができない。
「案ずるな。冥花、お前たちがふたつの謎かけに見事答えれば、すべての願いは叶う」
黒猫が厳かに告げる。
「ふたつ? それは——」
「一つ目の問いだ。『白狼帝を殺した者はだれか』……さあ、その答えやいかに」
私は、狼となった太狼を見つめた。
私が彼に過ちを犯させ、彼自身もまた、私を殺すという道を選んで間違えた。どちらか一人の罪ではない。
「答えは……『ふたり』」
私は狼となった太狼の頬に両手を添え、額を寄せ合った。
「私が彼に過ちを犯させ、太狼も間違えた。答えは、私たち二人です」
「——正解だ」
黒猫が頷いた瞬間、太狼を包んでいた黒い靄が晴れ、彼は元の美しい白銀の髪を持つ、大人の白狼帝の姿へと戻った。
「太狼……!」
私は堪えきれずに彼の胸に飛び込んだ。太狼は力強く私を抱きしめ返す。
「冥花!」
「ああ、太狼。よかった。もう戻らないのかと——」
太狼の体は温かく、大きい。ふわりと漂う香りは大人の男のもの。
けれど私にはわかる。彼こそが太狼。私の愛しい幼馴染、そして、大好きな人。
「そして、もう一つの問いだ」
黒猫が静かに尋ねる。
「今宵、星が落ちる。お前はその時、何を導として進む?」
ハッとした。それは白狼帝が現れる直前、とと様が私に出した謎かけだった。
あの頃の私は答えを出せなかった。でも、今は違う。
「答えは、『ふたり』」
私は涙を拭い、太狼としっかりと手を繋ぎ直した。
「私は、太狼と進みます」
「俺も、冥花と進む」
太狼が私の手をきつく握り、まっすぐに黒猫を見据えた。
「俺たちは間違えた。だが、だからこそ、今度は手を取り合って、互いを導に進みたい」
「……正解だ」
とと様の優しい声が響いた。
その瞬間、私の中にあった途方もない冥府の力が、すべて黒猫の中へと移っていく。
夜魔大帝が、すべての力を取り戻したのだ。
とと様はかつての頃のように人の形を取り戻し、黒い髪に金の瞳を持つ美しい青年へと姿を変えた。
「ならば二人で道を行け。三途の川を越え、再び現世へ――』
光が満ちる。
私たちは顔を見合わせて微笑み合った。もう、何も怖くない。
ぎゅっと手を握る。川の先に何があるかはわからない。
けれど私たちは互いを導として、ただひたすらに光の先に歩いて行った。
私が炎の中で答えた。
狼となった太狼を強く抱きしめ、己の罪に震える。
そうだ、私が太狼を孤独にした。太狼を苦しめた。太狼を変えてしまったのは、私だった。
「メイ……カ……」
太狼が唸る。ああ、私は化猫に。太狼は狼に。己の本性が体を変えている。
私たちは異形の姿のままぎゅっと抱きしめ合う。
迫りくる炎が、今度こそ私たちを焼こうとしていた。
「違うな。また間違えたぞ、冥花」
けれど、炎が私たちを焼くことはなかった。
炎の爆ぜる音に混じって、低く威厳のある声が響いた。
声の主を探して視線を落とすと、足元にいたあの黒猫が、金色の瞳で真っ直ぐに私を見上げていた。
「え……その声はまさか……!」
「九尾妃、貴様は本当に底知れぬ欲を持つ……」
九尾妃が悲鳴のような声を上げる。
黒猫はふああ、とあくびをしながら呆れたようにつぶやいた。
この穏やかな声を、私は知っている。
「とと様……?」
この黒猫はとと様——夜魔大帝だ。
「夜魔大帝、生きていたの!?」
「朕の可愛い子を、見守らぬわけがなかろう」
「ええい、しつこい! この小賢しい獣どもめ、まとめて灰にして潰してやる!」
私たちが生きていることに気づいた九尾妃が、激昂して再び青白い狐火を巨大化させる。
しかし、黒猫は炎を前にしても微動だにしなかった。
「愚かな九尾妃め。この冥府における絶対の力とは、現世の『信仰』に依るもの」
黒猫がしっぽを揺らし、私を見上げる。
「ならば次代の帝は——冥花だ」
「え……?」
その瞬間、私の身体から目も眩むような白銀の光が溢れ出した。
私を包む光は、あまりにも温かくて、巨大だった。
そうだ。太狼は現世で将軍となり、この十五年間、現世のすべての民に『十歳の女帝・冥花』を神として信仰させていた。現世の人々の祈りと、太狼自身の狂おしいほどの執念。それがすべて、冥府にいる私の力となっていた。
「そんな……こんな子供が、帝の力など持てるものか!」
「現世では女帝だった者。当然、この地でもその力を得るであろう」
九尾妃が怯んだように後ずさる。私は光を纏いながら、凛と立ち上がった。
今度こそ間違えない。
私は——女帝になる。
「九尾妃。私の父母を奪った仇。そして何より、私の大切な太狼を傷つけ、貶めた罪——お前は、ただの狐に戻りなさい!」
私が新たな力と共に命じた瞬間。
九尾妃の身体を覆っていた妖気が霧散し、彼女は一匹の狐へと姿を変えた。
「キャインッ!」
全ての力を失い、ただの獣に戻ってしまった九尾妃。それに従っていた妖たちも次々と小さな狐に戻ってしまい、狼となった太狼の姿に恐れをなして、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
炎が消え、宮に静寂が戻る。
「とと様! お願い、太狼が……!」
私は慌てて黒猫の前に跪いた。私の力で炎は消せたが、太狼の姿はまだ狼の姿のままだった。
私にはまだ、冥府の力を完全に使いこなすことができない。
「案ずるな。冥花、お前たちがふたつの謎かけに見事答えれば、すべての願いは叶う」
黒猫が厳かに告げる。
「ふたつ? それは——」
「一つ目の問いだ。『白狼帝を殺した者はだれか』……さあ、その答えやいかに」
私は、狼となった太狼を見つめた。
私が彼に過ちを犯させ、彼自身もまた、私を殺すという道を選んで間違えた。どちらか一人の罪ではない。
「答えは……『ふたり』」
私は狼となった太狼の頬に両手を添え、額を寄せ合った。
「私が彼に過ちを犯させ、太狼も間違えた。答えは、私たち二人です」
「——正解だ」
黒猫が頷いた瞬間、太狼を包んでいた黒い靄が晴れ、彼は元の美しい白銀の髪を持つ、大人の白狼帝の姿へと戻った。
「太狼……!」
私は堪えきれずに彼の胸に飛び込んだ。太狼は力強く私を抱きしめ返す。
「冥花!」
「ああ、太狼。よかった。もう戻らないのかと——」
太狼の体は温かく、大きい。ふわりと漂う香りは大人の男のもの。
けれど私にはわかる。彼こそが太狼。私の愛しい幼馴染、そして、大好きな人。
「そして、もう一つの問いだ」
黒猫が静かに尋ねる。
「今宵、星が落ちる。お前はその時、何を導として進む?」
ハッとした。それは白狼帝が現れる直前、とと様が私に出した謎かけだった。
あの頃の私は答えを出せなかった。でも、今は違う。
「答えは、『ふたり』」
私は涙を拭い、太狼としっかりと手を繋ぎ直した。
「私は、太狼と進みます」
「俺も、冥花と進む」
太狼が私の手をきつく握り、まっすぐに黒猫を見据えた。
「俺たちは間違えた。だが、だからこそ、今度は手を取り合って、互いを導に進みたい」
「……正解だ」
とと様の優しい声が響いた。
その瞬間、私の中にあった途方もない冥府の力が、すべて黒猫の中へと移っていく。
夜魔大帝が、すべての力を取り戻したのだ。
とと様はかつての頃のように人の形を取り戻し、黒い髪に金の瞳を持つ美しい青年へと姿を変えた。
「ならば二人で道を行け。三途の川を越え、再び現世へ――』
光が満ちる。
私たちは顔を見合わせて微笑み合った。もう、何も怖くない。
ぎゅっと手を握る。川の先に何があるかはわからない。
けれど私たちは互いを導として、ただひたすらに光の先に歩いて行った。



