死んだ親友の裏アカを、私は開いていいですか

 正解なんて、最後まで分からなかった。

 予約投稿を止めた翌日、私は学校を休んだ。

 莉子が始めた匿名投票のことを、担任と学年主任に話した。蓮にも同席してもらった。

 先生たちは何度も確認した。

「本当に朝倉さんが最初に作ったの?」

「はい」

「証拠は?」

 蓮が保存していた管理画面のスクリーンショットを見せた。

 その瞬間、私は莉子を二度目に失った気がした。

 一度目は、歩道橋の下で死んだと聞いたとき。

 二度目は、私の中にいた「いい人の莉子」が壊れたとき。

 けれど、壊れたのではない。

 私が勝手に、一部だけを莉子だと思っていたのだ。

 先生たちは、学校に来られなくなった生徒の家族へ学校から連絡すると言った。

 私は首を振った。

「私も行きたいです」

「美月さんが?」

「はい」

 何の資格があるのかは分からなかった。

 莉子の親友だから?

 違う。

 私は加害者でも、被害者でもない。

 ただ、莉子から最後の判断を押しつけられた人間だった。

 だからせめて、自分が選んだことの後始末くらいはしたかった。

 数日後、私は蓮と一緒にその家を訪ねた。

 学校に来られなくなった生徒は、佐伯奈々という子だった。

 同じ学年なのに、私はほとんど話したことがない。

 玄関で待っているあいだ、何度も帰りたくなった。

 出てきた奈々は、思っていたより普通の顔をしていた。

 当たり前だ。

 傷ついた人が、いつも傷ついた顔をしているわけじゃない。

「朝倉さんの友達?」

 そう聞かれて、私はうなずいた。

「話したいことがあります」

 私は全部話した。

 莉子が匿名投票を始めたこと。

 途中で管理を渡したこと。

 内容が悪質になったあと、止めようとしていたこと。

 謝ろうとしていたこと。

 でも、謝れないまま死んだこと。

 奈々は途中で一度も口を挟まなかった。

 最後まで聞いてから言った。

「それで?」

 胸が詰まった。

「……ごめんなさい」

「なんであなたが謝るの?」

 答えられなかった。

 奈々は少しだけ笑った。

「私、朝倉さんに謝ってほしかったわけじゃないよ」

「え?」

「消してほしかっただけ。あのアカウントを」

 私は何も言えなかった。

 謝罪。

 反省。

 真実。

 そんな大きな言葉ばかり考えていた。

 でも奈々が欲しかったのは、もっと単純なことだった。

 自分の名前が、知らない人たちの暇つぶしに使われないこと。

「朝倉さんが反省してたって聞いても、許せるかは分からない」

 奈々は言った。

「でも、止めようとしてたことまで嘘にしたくはない」

 その言葉を聞いたとき、私は少しだけ救われた。

 莉子が許されたからではない。

 許されなくても、したこと全部が一つの名前にまとめられなくていいのだと思えたからだ。

 次に、莉子のお母さんへ話した。

 お母さんは途中で何度も首を振った。

「違う」

「莉子はそんなことしない」

「何かの間違いよ」

 私は黙って聞いた。

 証拠を見せた。

 予約投稿の文章も見せた。

 長い沈黙のあと、お母さんは泣いた。

「そんな子じゃなかった」

 私は、前なら何も言えなかったと思う。

 でも今は違った。

「そんな子でもあったんです」

 お母さんが顔を上げた。

「優しくて、面白くて、私が困ったとき助けてくれて」

 声が震えた。

「でも、人を傷つけるものを作った莉子もいたんです」

 お母さんは泣き続けた。

 私はその隣に座っていた。

 慰める言葉は言わなかった。

 その日、初めて莉子のお母さんと一緒に、

 私たちの知らなかった莉子を泣いた。

 匿名投票のアカウントは学校の対応で削除された。

 管理を引き継いだ生徒についても、学校が調査することになった。

 莉子の予約投稿は公開しなかった。

 それが正しかったか、今でも分からない。

 ネットに全部出したほうがよかったのかもしれない。

 私には隠す権利なんてなかったのかもしれない。

 反対に、奈々にも話さず、そのまま消したほうがよかったのかもしれない。

 考えれば、いくらでも別の答えが出てくる。

 でも、もう選び直せない。

 それが決めるということなのだと思う。

 放課後、私は一人で莉子の匿名アカウントを開いた。

 残っているものは二つ。

 予約を解除した文章。

 そして、

〈美月へ〉

 という下書き。

 指を置く。

 まだ読みたい。

 ものすごく読みたい。

 莉子が最後に何を書いたのか。

 私に何を言おうとしたのか。

 知れたら、少し楽になる気がする。

 私は指を離した。

「やっぱり読まない」

 声に出した。

 設定画面を開く。

〈アカウントを削除する〉

 押す。

〈すべての投稿、メッセージ、下書きは失われます〉

 下書き。

 美月へ。

 その文字を見て、手が止まった。

 莉子の最後の言葉が、永遠に消える。

 私は画面の向こうにいる莉子を想像した。

「ほんとにいいの?」

 莉子なら、そう聞くかもしれない。

 私は答えた。

「分かんない」

 そして削除した。

 画面から、莉子の匿名アカウントが消えた。

 それだけだった。

 音も光もない。

 何かが終わった感じもしなかった。

 翌朝、学校へ行った。

 莉子の机の花は、もう片づけられていた。

 席だけがある。

 誰も座らない席。

 ホームルームで、進路希望調査が配られた。

「来週までに第一志望を書いて提出してください」

 先生が言った。

 紙を見る。

 第一志望。

 第二志望。

 将来やりたいこと。

 今までの私なら、何かを書こうとした。

 決まっていなくても、空欄が怖かった。

 正解を書かないといけない気がしていた。

 隣の席から声がした。

「美月、どこ行くの?」

 私は笑った。

「まだ分かんない」

「え、決めてないの?」

「うん」

 紙を鞄にしまう。

 不思議と焦らなかった。

 莉子が正しかったのか。

 私が正しかったのか。

 予約投稿を止めたことが正しかったのか。

 下書きを読まなかったことが正しかったのか。

 たぶん、ずっと分からない。

 でも、分からないままでも、

 自分で選んだことの責任は引き受けられる。

 十七歳の私たちは、何でも選べると言われる。

 進路も。

 友達も。

 恋も。

 将来も。

 まるで、どこかに正しい答えがあって、それを選べば人生がうまくいくみたいに。

 でもたぶん違う。

 正解を選ぶんじゃない。

 選んだあとで、

 その答えと一緒に生きていく。

 窓の外を見る。

 春にはまだ少し早い空だった。

 莉子がいない明日が来る。

 私はそれを止められない。

 それでも明日は来る。

 私はまだ十七歳だ。

 正解を知らないまま、

 明日も十七歳でいる。