死んだ親友の裏アカを、私は開いていいですか

〈美月、そこにいる?〉

 画面に表示された名前を、私は何度も読み返した。

 新堂蓮。

 間違いない。

 どうして分かったの。

 私がこのアカウントにログインしたことを。

 返信するつもりはなかった。

 なのに指が動いた。

〈どうして分かったの〉

 送信。

 すぐ既読がついた。

〈ログインすると通知が来る設定になってる〉

〈俺のスマホにも〉

 私は息を止めた。

〈なんで蓮のスマホに来るの〉

 少し間が空いた。

〈そのアカウント、俺も使ってたから〉

 胸の中で何かが音を立てた。

 匿名アカウントを。

 莉子と蓮が二人で使っていた。

〈どこにいる〉

 答えなかった。

〈美月〉

〈予約投稿を開くな〉

 私は立ち上がった。

 偶然、駅の向こう側に蓮が見えた。

 こちらへ走ってくる。

「なんで来るの」

 私が言うと、蓮は肩で息をしながら答えた。

「説明する」

「何を?」

「全部」

「今さら?」

 声が大きくなった。

 通行人がこちらを見る。

 それでも止められなかった。

「三日前、莉子と会う約束してたよね」

 蓮の顔が固まった。

「DM、見たのか」

「見たよ」

「見ないって言ってただろ」

「あなたが言える?」

 蓮は黙った。

「美月には言うなって、何?」

「……場所変えよう」

「ここでいい」

「よくない」

「莉子は死んでるんだよ」

 その一言で、蓮の表情から何かが消えた。

 怒りなのか、言い訳なのか分からない。

「分かってる」

「だったら教えてよ」

 私はスマホを突きつけた。

「何を隠してたの?」

 蓮はしばらく画面を見ていた。

 やがて、駅から少し離れた河川敷まで歩こうと言った。

 私はついていった。

 川沿いのベンチに座る。

 16時31分。

 予約投稿まで二十九分。

「莉子が調べてたアカウントがある」

 蓮が言った。

「何の?」

「学校の匿名投票」

 聞き覚えがあった。

 半年前くらいから、うちの学校で流行っていた匿名アカウント。

 最初は、

〈一番付き合いたい人〉

〈制服が似合う人〉

〈先生になったら怖そうな人〉

 そんな馬鹿みたいな投票だった。

 誰が始めたのか分からない。

 名前を書かれた本人も笑っていた。

 私も一度だけ投票したことがある。

〈無人島に一人だけ連れていくなら?〉

 莉子に入れた。

 結果を見せると、莉子は笑った。

「無人島まで一緒とか重すぎ」

 そのアカウントは、いつの間にか変わった。

〈クラスで一番性格が悪い人〉

〈裏で悪口を言ってそうな人〉

〈消えても困らない人〉

 最後には、

〈学校から消えてほしい人〉

 そんな投票まで始まった。

 一位になったのは、隣のクラスの女子だった。

 数日後から学校へ来なくなった。

「莉子は、それを止めようとしてた」

 蓮が言った。

「管理してる人間を探してたんだ」

「警察ごっこ?」

「最初は俺もそう思った」

「だったら先生に言えばいいじゃん」

「莉子は言えなかった」

「どうして?」

 蓮は答えなかった。

 私は時計を見る。

 16時36分。

「予約投稿って、そのこと?」

「たぶん」

「たぶん?」

「中身は俺も知らない」

「でも莉子と一緒にこのアカウント使ってたんでしょ」

「調べるために作ったんだ」

「何を調べるの」

「誰が匿名投票を管理してるか」

 私はスマホを見る。

 莉子の匿名アカウント。

 投稿数三十七。

 フォロー十二。

 フォロワー九。

 この中に、莉子が集めた証拠があるのかもしれない。

「管理人、分かったの?」

 蓮がうなずいた。

「誰?」

「言えない」

 私は思わず笑った。

「まだそれ言うんだ」

「本人が関係してるから」

「莉子は本人じゃないの?」

「違う」

「じゃあ誰?」

「美月」

「親友が死んだんだよ」

 自分でも嫌になるくらい、その言葉を使っていた。

 親友だから。

 死んだから。

 だから私は知っていい。

 そんな切符みたいに。

「私には知る権利がある」

 言った瞬間、蓮が私を見た。

「何の権利?」

 私は答えられなかった。

「親友だから?」

「そうだよ」

「じゃあ莉子が生きてたら?」

 蓮の声は静かだった。

「莉子が生きてて、『美月には言いたくない』って言ってたら、それでも聞く?」

「それは……」

「今、美月がやってるのは、莉子が反論できないから秘密を開けてるだけじゃないのか」

 腹が立った。

 正しいことを言われたから。

「蓮だって知ってたじゃん」

「知ってる。でも、俺が言うのと、莉子が言うのは違う」

「もう莉子は言えないよ」

「だから困ってるんだろ」

 私たちは黙った。

 川の音だけが聞こえる。

 16時42分。

 十八分。

「莉子は、事故の日に誰と会う予定だったの?」

「匿名投票の管理人」

「その人に殺された?」

「違う」

 蓮は即答した。

「会えてない」

「どうして分かるの」

「俺も行く予定だったから」

 私は蓮を見る。

「八時に?」

「ああ」

「莉子は八時すぎに歩道橋の下で見つかった」

「だから、会えてない」

「いつものところって?」

「駅裏のファミレス」

 歩道橋ではない。

「莉子は来なかった。電話しても出なかった。あとで事故を知った」

 少なくとも、蓮の話が本当なら、DMだけで私が考えた筋書きは間違っていた。

 蓮が莉子を呼び出した。

 歩道橋で揉めた。

 莉子が落ちた。

 私は数十分で、勝手にそこまで物語を作っていた。

 教室で噂をしていた人たちと何も違わない。

「管理人は誰なの」

 もう一度聞いた。

 蓮は俯いた。

「美月、予約投稿、消すつもり?」

「分からない」

「だったら先に知っておいたほうがいい」

「何を?」

 蓮はスマホを取り出した。

 画像を一枚表示する。

 半年ほど前のスクリーンショットだった。

 例の匿名投票アカウント。

 一番古い投稿。

〈二年三組で一番モテるのは誰?〉

 その下に管理画面が写っている。

 私は意味が分からなかった。

「これが何?」

「莉子のスマホで撮った」

「だから?」

「最初の管理人が誰だったか分かるだろ」

 私はもう一度画像を見る。

 右上に小さく表示されたアカウント名。

 そしてプロフィール編集画面。

 投稿を削除できるボタン。

 管理者にしか見えない画面だった。

「嘘」

 声が漏れた。

 蓮は何も言わない。

「これ、莉子のスマホなんでしょ?」

「ああ」

「じゃあ……」

 言葉にしたくなかった。

 匿名で人を順位づけした。

 笑いものにした。

 最後には、一人の生徒を学校から追い出した。

 その始まりを作った人。

 私はずっと、莉子がその犯人を探していたのだと思っていた。

 違った。

「匿名投票を最初に作ったのは」

 蓮が言った。

「莉子だよ」

 スマホの時計が、

 16時45分に変わった。

 予約投稿まで、

 あと十五分だった。